17 カクリス魔法学校(一) ①
アレックス・グレアフィールドと名乗る男に指示されるままに、ルーカスたちは家から少し離れたところに停められている馬車のそばまで歩いた。
白い馬車馬だが、ルーカスたちは国賓とでも思われているのか。あるいは、すでに誰かが乗っているのか。
馬車は大人6人程度が乗れそうな大きなもので、金の装飾に合わせ、ローズウッドの彫刻も施されていた。
「わざわざそちらから足を出してくれるなんて、どういった御用かしら?」
ルーカスがアレックスに問うた。アレックスはカクリスのローブを着ており、その生徒であることも容易に把握できたが、どうも顔立ちは大人びていた。
「命令ですので。どうぞ、お乗りください。足元にお気を付けて」
爽やかな口調と声色だが、その上がり目には理由もなく疑いをかけてしまうルーカスだった。
「そうなのね、ありがとう」
ルーカスを先頭に5人は乗り込んだが、アレックスは御者席に座ろうとしなかった。
「まだ誰か来るの?」
ルーカスは座ったまま外のアレックスに声をかけたが、彼は笑みを返すのみで何も答えなかった。
だが、その直後すぐに、もう1人の客人が誰なのかが理解できた。
「嘘。まずい——」
最初に声を出したのはエマだった。彼女は血相を変えてルーカスの顔を見た。
「向こうから歩いてくる人、私の母親」
コソコソと話す彼女が指差す先に、全員視線を向けた。視線の先から、1人の女が歩いてくる。カクリスのローブを着ているが、生徒ではなく教員のようだ。フードを深く被っており、顔はよく見えない。
「殺されちゃう」
この6人掛けの馬車で空いている席は、ユーの横でありエマの前となる席だ。もしエマの母親がその席に座ったとすれば、エマは瞬殺される可能性もある。冷や汗が彼女の頬を伝っていた。
「ルーカス、どうしよう。ここにいると殺されちゃう。早くなんとかしないと」
出会ってから初めてエマの焦った様子を見ることとなった。それは、彼女がどれほど母親に対し恐怖心を抱いているかを表していた。
「待って、ここから降りるのも危険な気がする。アレックスが攻撃してくる可能性もあるし」
「でも、来ちゃうよ。ほら、もうそこまで来ている」
エマは落ち着いていられない様子だった。ルーカスも急ぐ必要があることは理解していたが、安易に客車から出るのも危険ではないかと1歩踏み出せずにいた。
だが、歩いて向かってくるエマの母親が危険であることは、エマの表情を見るに確かなようだ。場合によっては、ルーカスたちが全滅させられる可能性もある。
「仕方がない。ユー、試しに出てもらえる? 私はナイフを構えておくから」
ルーカスはそう言って、ナイフをレッグホルスターから1本取り出した。
ユーは黙って頷くと、客車の中で立ち上がった。しかし、その揺れにアレックスは即座に気が付き、こちらに歩み寄ってきた。
「おやおや、どうなされましたか? 座り心地がお気に召されませんでした?」
アレックスは表情を全く変えず、相変わらずの笑顔だった。
「少しだけね」
ユーは笑顔で答えると、客車から歩み出た。
「それは失礼しました。ただ、出てこられても困りますよ、ユー・セガール様」
「すみません。ただ、あの方がここに来るまでで良いので、外の空気を吸ってもいいですか?」
「おやめください。どうぞ、お座りになって」
アレックスはユーに客車に戻るよう促した。だが、ユーは少し躊躇った表情を見せた。
「さっさと座ってくださいね」
アレックスはユーがもたもたしているところを見て、突然に表情を変えた。確かにそう言ったことが、ルーカスにも聞こえた。
「ユー、戻ってきて」
客車の中からルーカスが小さく言ったので、ユーは「いや、すみませんね」と苦笑しながら客車に戻ってきた。
だが、その直後、次第に近付いてくる母親に恐怖を感じたのか、エマが突然客車から飛び降りた。アオイが止めようとしたが、わずかに遅かった。
「エマ、ダメよ」ルーカスは叫んだ。
「戻ってきて」今度はアオイだ。
だが、エマは客車から降りると、一目散に客車を挟んで母親と反対側に回り込み、そのまま走って逃げようとした。
アレックスは「帰ってこい」と叫んでいたが、その必要はなかった。
突然にエマの姿が目の前に現れ、ちょうど客車を降りようとする体勢をしていた。
「エマ……? どうやってここに……?」
ルーカスが目を丸くしていると、エマはすぐに自分が客車に戻っていることに気が付き、ルーカスの方に振り返った。
「まずい、もうダメだ」
エマの瞳からは涙が流れ出ていた。
「どういうこと?」
ルーカスは答えを待つまでもなく、すぐに状況を理解した。向こうから歩いてきていたエマの母親が、手を出してこちらに向けていたのだ。
「どういう魔法?」
「特殊魔法。時間を操るの」
「時間を操る?」
エマは声を震わせながら「そう」と答えた。
彼女の話によれば、ある物体または生命体に対して、時間を操り、ある時点におけるそのものを再現することができるという。
話をしているうちに、エマの母親はそこまで来ていた。もう逃げることはできない。
「みなさん、お待たせしたわね。そして、うちの娘が迷惑をかけてすまないね。私はソフィア・カクリス。カクリス魔法学校学長の妻であり、そこにいる娘の母親」
ソフィアはかなり上から目線で自己紹介し、客車に乗り込んできた。そして、想定どおり、エマの目の前の席に座った。
エマはアオイの膝の上でルーカスの手を力一杯握っていた。ルーカスの手を握る彼女の手は、異常なほどに震えていた。彼女の恐怖心がそうさせたようだ。ルーカスは彼女を安心させるため、その手を確かに握り返していた。
アレックスが客車の扉を静かに閉め、御者席に座った。そして、緩やかに馬車は動き始めた。
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