15 リラ地方北部とエッペルゼ ①
世界皇帝御所を出て、ゆっくりと北上し、リラ地方に差し掛かった5人だった。
ルーカスは歩きながらも、頭の中を整理していた。
最初、まだダランにいる間、彼女らは第4代世界皇帝エンベル・ルードビッヒがマージ主義政策をしているものだと思っていた。だが、それは違った。そもそも、ルードビッヒ家はむしろオーム寄りの人間だったわけだ。
どうしてマージ寄りに見えたかというと、魔法運用協議会の存在が理由だった。魔法運用協議会の委員の中にオームはいない。したがって、彼がマージ主義者であることが仄めかされていたわけだった。
しかし、そもそも、魔法運用協議会を提案したのはカクリス側だった。ダランによる一方的な世界皇帝の変更に気を悪くしたカクリスが、自校の意見を取り入れるために設けたものだった。
したがって、最初にルードビッヒ家を疑っていたルーカスたちは、的外れな疑惑を抱いていただけだった。
エザール地方とリラ地方の境界をくぐった先には、見渡す限りの荒野が広がっていた。
「リラのこっち側は、こんな感じなんだな。アールベスト側とは大違いだ」
ベンが退屈そうに言った。しかし、このまま北端沿いに歩けば、アリル海が見えてくるはずだ。そうすれば、このすぐに飽きてしまう景色も終わり、視界の先まで続く美しい青の絨毯が見えるはずだ。
依然として、ユーは黙っている。ルーカスは、シーナやベルの言葉を半分信じながらも、残りの半分で彼を信じようとしていた。彼が全くの敵であることはないだろうが、生まれか過去に問題を持っていることはそうなのだろう。一方で、それをもって彼を忌み嫌う理由にはならない。
だが、注意を払うことも必要だ。現にルーカス自身、傷を負ったことがあるのであり、彼を完全に信用し切ることは難しいと、内心感じているのが事実だった。そんな中途半端な気持ちを抱きつつ、重たい足取りを進めるばかりだった。
通り道に現れる町や村に立ち寄るたびに、彼女らは住民から不審な目で見られていた。どうしてダランの人間がリラに来ているのかと言わんばかりの目つきだった。だが、とりわけ何も言われなかったのは、エマがカクリスのローブを着ていたからということもあったのだろう。もし彼女がいなければ、一体何と罵倒されていただろうか。
そんな調子で無事に長い期間をやり遂げ、彼女らはようやくリラ北部を中盤まで進んでいた。
「ようやくここまで来たな。これまで歩いた距離と同じぐらいだけ歩けば、アールベストに到着だ」
ベンが意気揚々としている。景色が色づき出したからか、アールベストが近くなってきたからなのかは不明だが、とにかく気を持ち直したようだった。
「ルウ、ユーくんのことだけど……」
アオイが突然ルーカスに話しかけた。
「どうしたの?」
「先生が言っていたことを鵜呑みにするわけでもないけど、信用し切るのは難しいんじゃないか、って思う」
「それは私も同感。だから、一体どこまで信用して、どこから信用しないかを見極める必要がある」
少し後方を歩くユーに話を聞かれていないかを確認しながらルーカスは答えた。
「でも、彼に何があるのか、決定的なことがなさすぎて、いまいちよくわからないのよね」
ルーカスがため息をこぼすと、アオイがルーカスの手を掴んだ。
「ルウ、聞いて。私、思い出したの。前世でダランを出るとき、ユーくん、ノートを持っていたけど、ヘルロンの洞窟で別れてから次に再会したとき、すでに持っていなかったの」
「使い切ったか、落としたんじゃないの?」
「違うわ。もともと書き込むことのできないノートだったの」
「どういうこと?」
ルーカスは不審そうな顔になった。
「ノート型の合成魔法だったの」
「……ナッツ・マーシーの手帳のようね」
アオイは一瞬何のことか、という顔をしたが、ルーカスは「気にしないで、続けて」とだけ付け加えた。
「何ができる合成魔法だったのかはわからない。けど、それを聞く意味はあると思う」
アオイの言っていることが確かならば、再会したときにユーがノートを持っていなかった理由は、ノートの魔法が不要になったか、誰かに渡したのか、単に失ったかなどのいずれかだろう。だが、そのような代物を失ったという可能性は非常に低い気がする。
「ありがとう、アオイ。後で聞いてみる」
ルーカスはそう言って、また後ろを歩くユーを確認した。ベル・シュタインバーズによると彼は敵ではないようだが、どれほど信用しようとしてもどうも安心できない。
◇◆◇
「あ、あそこ!」
前を歩くエマが前方の分岐点を指差した。数名の人が群がっている。
「あそこは?」
「青の交差点、と言われている観光地。右に行くとアリル海に出るし、左に行くと青が象徴的なリラの中心市街地に向かっていく。そして、こっちは空に浮かぶ世界皇帝御所。3つの青が交差する場所なの」
「そういうこと」
一行は人々が眺めている標識を横目に、アリル海方面に行こうとしたが、ルーカスは急遽立ち止まった。
「エマ、あなたはこれからどうするの? リラに帰るならここが分岐点でしょ?」
「そうだけど、今はまだ帰らなくていいかな。それに、ダラン総合魔法学校の現物を見てみたいという気持ちもあるし」
「そう。なら、一緒に行こう」
「ありがとう。ダランのプリンセス」
「え?」
ルーカスはエマの顔を見て、驚いた様子だった。だが、エマはそれを見返すと、にっこりと笑っていた。
「ルーカス、ダランでは人気だったんじゃないの? とっても美人だし」
「そんなことないよ」
ルーカスは首を横に振ったが、後ろからベンの声がした。
「よくわかったな。本当に人気だったんだ。誰もが羨む存在だったんだ」
ベンが自慢げにそう言って、ルーカスはわずかに頬を赤くした。
「でも、エマもそうでしょ?」
ルーカスが返すと、エマは「まあね」とだけ返事した。
その後、しばらく歩き進めると、ようやく遠くに青い海が見えてきた。同時に、随分と暗くなってきていた。
「青の交差点から、結構近かったのね」
ルーカスが言うと、エマは深く頷いた。
「実は、青の交差点っていうのは、誰かが勝手に名付けただけで、もともとは単なる標識だったの」
「幸か不幸か、簡単に観光地になってしまったのね」
「そういうこと」
エマは美しい海を遠望していた。
お読みいただき、ありがとうございます!
お楽しみいただけましたら、ぜひ評価もよろしくお願いしますm(_ _)m




