12 エザール砂漠 ④
しばらく歩き、景色は全く変わらないところだったが、男が見えない空間に手を伸ばすと、ふわりと扉が浮かび上がった。ルーカスたちが世界皇帝御陵から出てきたときと同じものだ。
「ここからは行けるだろう?」
「もういいって言ったっけ?」
ルーカスはこの男に対してひどく怒っていた。他の誰も見たことがないほどに、上から目線だった。
「わ、わかったよ。行けばいいんだろ、行けば」
「あなた、わかってないようね。単に道案内をお願いしているんじゃないのよ」
「それはつまり……」
「人質ね。そうでもしないと、相手によったら私たちの負けは決定だから。まあ、あなた程度じゃ人質にもならないかもしれないけど」
男は先頭に立ち階段を降りていき、その次にルーカスが続いた。
「卑怯だな、小娘」
「そうかもね。あなたたちの次に」
「ふざけるなよ」
男は立ち止まって、下からルーカスを睨みつけた。だが、彼女も負けじと上から睨み返した。
「おいおい、やめておけ」と言ったのはベンだった。2人の様子を見て、勝敗をわかっていたのだろう。
「お前が挑んだところで、勝てるはずがない相手だ。それに、こっちは4人もいる。捨てたい命ならば知らないが、そうじゃないなら賢明な判断をするべきだ」
「……今に見とけよ」
男はそう言い放つと、また階段を下り出した。
ようやく廊下に到着し、5人は揃って歩いていた。先ほど来たときよりも、明るくなった印象だった。
「この間に誰か来たのかも」アオイは小さく呟いた。
さらに進むと、ルードビッヒ家の墓が出てきた。そこで、突然ユーが声を出した。
「見てよ。さっき、あそこにナイフ落ちてた?」
一行は揃ってそちらに視線を向けると、確かに、ドームの端にナイフが1本落ちている。それが新しいか古いかは不明だが、少なくとも先ほどは気が付かなかった。
「誰かがここを通って、ナイフを落としたとかかな」とアオイ。だが、ここに来て、どうしてナイフを出す必要が出てきたのか。
ルーカスは「ちょっと待ってて」と言うと、そのナイフを拾いに走った。
「やっぱり。これ、ただのナイフじゃないわ」
「というと?」
ベンが言ったときには、すでにルーカスはナイフを持ちこちらに歩いてきていた。
「ダランで使われているものよ。ほら」
ルーカスが柄のところをベンに見せた。ダランの校章が描かれており、誰が見てもそれだとわかるものだった。
「なるほど。ということは、ダランの関係者が来ていたということか」
「他には何も書かれていないわ。単に、ダランの誰かが落としただけかもしれないし、何かメッセージがあるのかもしれない」
ルーカスはそのナイフをレッグホルスターに差し込んだ。
一行はさらに進み、例の立方体型の部屋にやってきた。
「そこに立っておけ。俺が合成魔法を発動してやるから」
ルーカスたちは言われるがまま、中央部にある正方形状の部分に乗った。それを見て、この男はセリウス家側の墓に向かって歩いていこうとした。
「待って、どこに行くの?」とルーカス。
「ここの合成魔法は、向こうにある、床に彫られたセリウス家という言葉に血をかけることで発動するんだ」
「そうすれば、あなたはどのタイミングでここに戻ってくるの?」
「1人はここに戻れない仕様になっている。世界皇帝御所に行けるのは、発動者以外だけだ」
「だから、あなたがその発動者役を買って出てくれるというわけね」
ルーカスは男に手を伸ばした。
「気持ちは嬉しい。けど、あなたがいないと意味がないから」
「俺は行けない。お前たちだけで行け」
「行けるわ。魔法でこっちに戻してあげる。それに、絶対に1人は上がれない仕掛けにしているはずがないと思う」
「いや、ダメだ。どれだけ早く戻ってきても、俺は行けない」
「やったことはあるの?」
ルーカスは手を戻した。
「いや、ないが、行けないと聞いている」
「やったことはないのに、随分と物知りなのね」
「……そう聞いているからな」
ルーカスはため息をついた。
「わかったわ。なら、私たちだけで行く。……じゃあ、やって」
彼女がそう言うと、男は無言で頷き、セリウス家の墓に向かって歩みを進めた。
ベンが隣からルーカスに話しかけた。
「仕方がないな。無理なものは無理なんだろう」
ルーカスは何も答えなかったが、後ろからアオイがその肩をそっと摩った。
「じゃあ、やるぞ」
向こうから男の声が聞こえてきた。姿はもう見えない。
「お願い!」
ルーカスがそう叫んだ後、男はすぐに血を流したのだろう、彼女たちの足元から突然光の壁が立ち上がってきた。
数秒後、男がこちらに走ってくるのが見えた。本当は、一度ぐらい世界皇帝御所に行ってみたいという気持ちがあったのだろう。
「まだ間に合う! 早く!」
ルーカスは男に手を差し伸べた。男はその手を掴もうと同じように腕を伸ばしたが、直後、男の首が何者かに斬られたかのように足元に転がってきた。
4人は噴き出た血を浴び、唖然としていた。男の頭がルーカスの足元に転がった。目は見開いたまま、彼女の方を見ていた。
「行けないって、こういうこと?」
ルーカスは瞬きしながら独り言を呟いた。
「だったのかもな」
ベンがそう答えた直後、光の壁は厚みを増し、とうとう外の様子が見えなくなった。
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