12 エザール砂漠 ①
ルーカスたち一行がアープで飛んだ先で、まず最初に見えたのは砂の丘だった。つまり、その場所からはまだ世界皇帝御陵は見えなかったのだ。
「もう1回飛ぶか?」とベン。
だが、毎度のことながら、4人分のアープは結構な重労働だ。ルーカスは顔色が悪かった。
「ごめん、ここからは歩くことにしよう……」
声からもわかるようにルーカスは辛そうだった。そのため、今回はベンが先頭を歩くことにした。
しばらく4人は黙って歩いていたが、歩き続けても砂の丘が続くだけの現状に飽きつつあった。
「なあ、ユー。砂漠を歩くのにいい方法はないのか?」
「うーん、そもそも砂漠を歩き続けることはあまりないからね。頻繁に歩く人だったら、ラクダを連れていたりするけど、なかなか僕たちはそうすることがないから、辛いだけだね」
「なるほど。つまり、最初の準備が悪かったということか」
「……そういうことになるね」
「でも、前世でヒールフル砂漠を歩いたときは、なんとか歩き切ることができたよね」
アオイが前世の思い出を話した。
「ヒールフル砂漠は砂だけじゃなくて、どちらかというと石が多く含まれているからね。向こうのほうがずっと歩きやすかったんだよ、きっと」
ユーの答えを聞いてアオイはため息をつくと、ルーカスの背中を摩り元気付けることに努めた。
「それにしては、まだ出てこないのかよ」
ベンはかなり退屈していたが、直後、突然砂の丘が動き始めた。
「なんだ? 地震か?」
しかし、その揺れは地震でもグレート・トレンブルにも似つかないものだった。
次第に揺れは大きくなり、思わず立っていられないかと思ったとき、突然目の前に巨大な穴が広がった。砂が見るみるうちにその穴に吸い込まれていく。
「ここも危ないかも!」
アオイがそう言ったのは虚しく、4人も穴に吸い込まれるように砂と共に落下していった。
頭上からは陽の光が差し込むが、驚くことに、穴の中にはフィーレの炎が灯されていた。
「ここには誰かが出入りしている、ということか……」
ベンが独り言のように呟いた。フィーレの炎が灯されているということは、誰かが近くにいると考えてもよいだろう。
「随分と落ちてきたのね……」
ルーカスはゆっくりと見上げた。
「だな。だが、ここは後世だ。よかった」
ベンの言葉には誰も反応しなかった。
一行は奥に続く薄暗いトンネルを進んだ。しかし、すぐにルーカスは立ち止まった。
「この先、少し危険な気がする」
「どういうこと?」と前を歩くユーが振り返った。
「だって、たまたま落ちた穴があって、その穴は何かのトンネルに繋がっていて、そこにはフィーレの炎が灯されている。誘導されているように見えない?」
「確かに……」とベンは立ち止まった。
「とすれば、一旦引き返したほうが賢明か?」
「……だけど、引き返しても意味がないわ。注意してこのまま進みましょう」
さらに奥に進むにつれ、次第にトンネルの幅は広くなっていった。
「一体どこに繋がるんだろう」
アオイはルーカスに横で呟いていた。
が、その答えはすぐに判明することとなった。フィーレが壁から天井まで照らし出す、ドーム型の空間に出てきた。
「まるで、ヘルロンの洞窟のときのようだな……」とベン。
「確かにそうね。けど、ここは少し違うみたい」
ルーカスは空間の中央部の床を指差した。
「あそこに書いている文字。セリウス家って書いているわ」
彼女の言葉に合わせるように、他の3人は視線を移した。確かにセリウス家という文字が石に掘られている。その下に、さらに「安らかにここに眠る」と書かれていた。
「つまり、もし私たちが地表を歩いていたら、永遠に辿り着かないところに世界皇帝御陵はあった、ということね」
そう言うと、ルーカスはユーを見た。
「ユーは、世界皇帝御陵が地下にあることは知らなかったの?」
「知らなかった。ルーカスちゃんもわかると思うけど、地図では場所しか描かれないし、教科書とかにはここの絵は載っていないから。それに、来たことも初めてだよ」
「確かにそうね。エザール地方に住んでいるユーも知らないなら、ここに辿り着いたのは運が良かったというところかしら」
ルーカスは石を飛び越えて向こう側に行った。
「ここがセリウス家の墓、ということは、この下に3人が埋まっているということかしら」
ルーカスは石の向こう側からアオイ、ベン、ユーに向かって問いを投げかけた。だが、誰も知る由はない。
「そうだと思う。けど、ルウ、まさか、掘り起こすなんて言わないよね?」
「もちろんそんなことしないわ」
ルーカスはさらに奥に続くトンネルを指差した。
「向こうに行けば、何があると思う?」
「ルードビッヒ家の墓じゃないか?」とベン。
「私も、もちろんそう思う」
ルーカスは頷きながらトンネルに入っていった。残る3人も急いでその後を追った。
進んだ先には、先ほどとは打って変わり、立方体の形の空間が現れた。先ほどよりも少しばかり狭いようだ。中央には周りより一段高くなっている正方形状の部分がある。
「ユー、あの文字を読んでほしい」
ルーカスは天井の中央部に記された文字を指差した。大きめに書かれているが、そもそも文字自体が読み取れなかった。
「オリアークの言葉だね。神聖なる魂はここに帰る、と書かれているよ」
「つまり、ルードビッヒ家の墓はまだ先ってことね」
「ルーカス、知っていたのか?」
ベンは不審そうな顔をした。もしルーカスが知っていたとすれば、先ほどからの彼女の様子は矛盾している。
「いいえ、知らなかった」
ルーカスはベンを見た。
「なら、なぜそんな知っているような顔をしている? そう装っているだけか?」
「ベン、あなたがそう思うのは無理ないわ」
「そ、そうだな……」
ベンは眉を顰めた。しかし、ルーカスはそんな彼にお構いなしに、さらに奥へと進んでいった。
さらに奥のトンネルを抜けると、次はセリウス家の墓があったときと同じようなドーム状の空間が現れた。
「ここがルードビッヒ家の墓か……」
ベンは見上げたが、ここの天井には何も書かれていなかった。その後ろにいるアオイも彼と同じようにしたが、それを認識すると、前を歩くルーカスに目をやった。
「ここに来て、世界皇帝の墓が確かにあることしかわからなかったね」
アオイはルーカスにそう言ったが、ルーカスは彼女に振り返ると首を横に振った。
「まだわからない」
「まだわからない?」
アオイは眉を顰めた。
「シーナが教えてくれたの」
「何を?」
アオイはさらにルーカスに問いただしたが、ルーカスはそれに応えることなく、さらに奥のトンネルへと入っていった。
「ルーカス、何を考えている?」
ベンがルーカスを止めようとしたが、アオイは彼を止めた。
「ベンくん、待って。ルウなりに何か考えがあると思うわ。私たちの知っていること以上に、何か知っているの」
「でも、仲間なんだから、ちゃんと言ってくれないと困る」
ベンはアオイの目を見つめたが、アオイは首を横に振った。




