小さな進歩
能力体験室に着いた二人。セレネーが近くにあった鳥の体験システムを勧めるが、何をすればいいのかわからないE-Hは動き出そうとしない。
「まずは見学からするべきだろうか。」
そう考えたセレネーは、馬を体験している個体を見学することを勧める。
じっくり観察するE-Hだが、特に表情の変化は無い。被り物をしているような状態なので表情を読むことは難しいだろう。
それを見たセレネーは、情報を元に敢えてトラウマがあるかもしれない、人間のシステムを体験している個体を観察するようE-Hに伝える。難なく見始めるが、転んでしまって驚いている個体を見たE-Hが反応を見せる。急に立ち上がり震えるE-H。顔が見えなくとも原因であることが分かったセレネーは、E-Hに声をかけ意識を戻す。だが、やはり精神システムが壊れて、記憶や情報がリセットされてしまう。振り出しに戻り悩むセレネー。まずは何をすべきか考えるが、どこに壊れる原因が隠れてるか検討もつかず、行動出来ない。
ふと、E-Hが見つめていることに気付く。その先には何も無く、ただ暗く狭い場所。何かあるのかE-Hに問うが、返答が無い。とにかくE-Hが進んで行動したことが頼りなので、試してみることに。
E-Hが見つめていた場所に二人で座ってみる。セレネーは再びE-Hに問う。
「この場所は何か思うことがあるのですか?」
優しい声がすることを不思議に思ったのか、E-Hは周りを見渡す。だが、ここは隣に座っても顔が見えないほど暗い場所なので、機械でないと表情も誰かすらも分からない。それが良かったのか、E-Hは自分の思っていることを口にする。
「…暗く狭い場所は、一人になれるので安心出来ます。誰も私に気付かないので嬉しく落ち着きます」
初めてE-Hがセレネーに微笑む顔を見せた。セレネーは喜ばしい出来事のはずなのに気持ちの数値が寂しいに振り切っていて、セレネーも壊れたのかと不思議に思った。
E-Hの返答を聞いて、ここなら問いに答えてくれるかもしれない、生まれたいと思うきっかけが見つかるかもしれないと考えたセレネーは暫くここでお喋りをすることに。
「好きな物は何かありますか?」
「好きな物…特にないと思います」
「では、今、お気に入りの物はありますか?」
「この場所です」
「それは良かったです」
「良かった…と、貴方がそう思うのですか?」
「えぇ、もちろん。私は貴方が大切ですから」
「そうですか」
「はい」
静かな時間を送る。セレネーの本音がE-Hに伝わったのか分からないが、E-Hの本音はセレネーに伝わったと感じる。
次は少し心が痛むが苦手なことや嫌いなことを問う。
「…お嬢さん、苦手なことはありますか?」
「苦手なこと…ないです」
「では、嫌いなことはありますか?」
「…あついのは嫌いです」
「あついとは、気温のことですか、それとも他の温度のことですか?」
「あつ……あ、あつい…とは…」
言葉が詰まり、黙ってしまうE-H。
「お嬢さん?」
「…誰かそこにいるの?」
リセットされてしまったようだ…やはり何がきっかけになるかわからない。踏み込みすぎるのは良くない。だが、E-Hのことを知らないと何も出来ない。もう一度、質問してみようと思う。
「私は貴方の守護者となる者です。少し、お話しませんか?」
嘘をつくことは許されない。なので、正直に話すが多分理解されないだろう。だが、E-Hを守るために真実を話したセレネー。
「…守護者など存在しないと思う。子供騙しはやめて。今以上に辛いことは無い。嘘でもいいから存在するものを言って」
「いいえ、嘘はついてません。存在し真実なのです。理解はしなくても構いませんが、信じてください。私は貴方を傷付けないと誓います」
「存在するなら何故あの時守ってくれなかったの…」
「それは…」
説明しようにも情報がないので説明出来ないセレネー。でも、伝えなければ変われない。
「情報が無く理由の説明が出来ません。予想ですが、お守りしたい気持ちはあっても実体が無いので、お守り出来なかったのかもしれません」
「…そう。過去は変えれないから。もう、どうでもいいよ」
「ですが、未来は選べます。過去を繰り返さないために考えてみませんか?私は必ず貴方を守ります。どうでもいいなど、思わない人生を送りましょう」
「もう期待しないって決めたの。生まれても、未来を選べても、過去を繰り返す可能性はある。もし、加害者になったら生まれなければと考える。また被害者だったとしても同じ思いをする。生まれなければよかったと思うなら、罪を犯す前に戻った方がいい。生まれたいと思う者が生まれたらいいよ。私は生まれたくない。このまま暗く狭い場所で忘れられる方を望むよ」
初めて感情を見せてくれたのが、「生まれたくない」という強い思い。意識が戻ってきたのはいい事だが、生まれることを本人が望まなければ、生まれることは出来ない。とにかく今はE-Hの気持ちに寄り添い、傷を癒すことを優先しようと思う。
次は何をしよう。