くるり、ひらり
長岡更紗さま主催【長岡ブッ刺せ企画】参加作品です。
ジャンル:③恋愛の異世界転生転移
要素 :⑤死 ⑫ちゅー
展開 :④恋人同士なのに敵対する展開。どっちかが死んで絶望したり、なんなら主人公がとどめを刺すor恋人にとどめを刺されれば最高。
※↑ちょっとズレてるかも…(。-人-。) ゴメン
タグ :メリーバッドエンド・相思相愛・一途
(約4000字)
狂り、永り
勇者は息を大きく吐いた。
周りを見やれば動く者はいない。
吸い込む空気は魔物、魔獣、仲間の血の匂いによどみ、せめてもの気晴らしに天を仰ぐ。
一緒に旅をした仲間は全員亡骸となった。ドラゴンに半身を喰われた状態で回復魔法をかけてくれた聖女のおかげで、魔王の最後の側近とそのドラゴンを倒すことができた。
だが、もう勇者の傷を癒すものは無い。ずたぼろの服は滴るほどに血を含み、乾いて邪魔になる前に勇者自身によって破り捨てられた。勇者の鍛えられた上半身は血にまみれたまま。
「はぁ……魔界の空は本日も曇天なり、か……」
魔王に挑むための道具は一つしか残っていない。必死になって、金を使って、祈りを捧げた道具は全て使い手たちと共になくなってしまった。
その最後の道具、意思ある黒刃の勇者の剣は、最後の敵を屠れる予感に武者震いをしていた。
勇者は半眼で己の手にある剣を見下ろし、そして進むべき魔王城を睨む。
「……よし」
断崖絶壁の下部、何かの口が開いたような洞窟の入り口。その奥の闇は禍々しい。
漂う魔王の気配に、勇者は歩き出した。
洞窟の中は微かに明るく、しかし赤茶色の土の影は真っ黒で、脈打つ細長い内臓の中を歩いているようである。迷いない足取りで進む勇者の前方に、紅い光が現れた。
その紅に、魔王はいる。
「やあ、久しぶり」
紅く輝く大きな鍾乳洞の玉座に、なまめかしく微笑む美女―――魔王がかけていた。
真っ直ぐな黒髪は、東方の国の何枚も重ねる衣装を這って地面にまで広がっている。聖布よりも白い肌に配置された黒目は煌めき、真っ赤な紅をはいた唇は艶やかに。
変わらぬその姿に、勇者の眉尻が下った。
「やぁ……お待たせ……」
「おや。元気がないねぇ?」
勇者と魔王が同時に結界を展開させた。
二人の質を表すように、勇者の魔法は光、魔王の魔力は闇。混ざり合いはせず、しかし同等の効力をもつものが斑に溶け合い二人を隠した。
「うん。俺はいつも君に会えると元気がなくなるよ」
「む、私はずっと待ってるのに」
勇者が苦笑すると、魔王は艶やかな唇を尖らせる。
「う、ごめん。俺だって会いたかったけどさ……この仕様が憎らしくて仕方ない」
『世界を混沌に陥れる魔王を倒す勇者』
強力な魔物が跋扈し、人々も土地も息絶えるほどの混沌の中を、神の使徒たる勇者が立つ。
魔王が世界を滅ぼさんと、力の限りに暴れないと勇者は誕生しない。
―――そして、魔王と対峙できた勇者は必ず魔王を滅する。
それが、勇者物語の仕様である。
「ふふふ。私は君が生まれた時から魔術で見てるから、来てくれるのをずっと楽しみにしていたよ」
どこからともなく魔王が手鏡を取り出した。その鏡面部分で勇者を観察していたらしい。
「それな!俺はやっと今!君の姿を見られたのに!この時間の差!狡い!」
「あはは!じゃあ、いつかの様にまた抱き合おうか」
玉座から立ち上がった魔王が上着の一枚に手をかけ、にやりと勇者を見つめながら脱いだ。
「ぐっ!……それをやらかして女で生まれ変わった時の絶望感が辛かったから、ヤりたいけどしない!」
頬どころか身体全体を真っ赤にしながら魔王から顔を背ける。しかし魔王はそのまま勇者までの距離を一枚、また一枚と脱ぎながら近づく。
血のりとともに真っ赤なままの勇者は距離を詰め、最後の腰紐を解こうとしていた魔王の手を押さえた。
「うふふ。勇者は純情だなぁ、私は君が女型でも気にしないよ?」
「くっ、君はいつも通りの意地悪魔王だね!」
「うっふっふ、そんな私が好きだろう?」
「ああ大好きだ!」
「あはは!それでこそ殺され甲斐があるというものだ!」
「はあ、今世でも君が何より美しいし、愛おしいよ」
勇者はそろりと魔王を抱きしめた。何度会ってもひんやりした魔王の体は柔らかく、勇者の理性を容赦なく揺さぶる。
魔王はふわりと勇者に抱きついた。いつでも生気に溢れた勇者の熱い体はしなやかで、魔王の性への欲望が沸き立つ。
いつも口づけは魔王から。見つめて、息で誘って、微かに触れて、じれた勇者が噛みついてくるのを受け入れる。
一緒に。
ひとつに。
相容れない二人の想いは。
相手を貪りつくすように触れても―――叶わない。
勇者の口元に付いた紅を指で拭いながら、魔王は可憐に微笑む。
「うふふ、お褒めに預かり光栄だね。来世でも君に追いかけてもらう為に美の追求は気が抜けない」
「そう?」
「そうさ。特に今世の聖女は私に似ていたからね。なかなか焦ったよ」
「心外だな。たとえ姿が同じだとしても君を間違うわけがない」
「ふふふ……でも少し喜んだよね?」
「……うん、ごめん。今世の君はこっち側だと思った。一日中イチャイチャできる夢が叶ったとぬか喜びさせられた……だから来世は神殺しになる。もう絶対許さない」
「おやおやそこまで?とうとう世界の理を超えるのかい?」
「うん。奴らは俺の大事な大事な逆鱗に触れた。来世は全力で第二の魔王、第三勢力になる」
「あはは!そこは私の仲間ではないの?」
「君は力の象徴だ。部下におさまる強くない俺には興味がないだろう?」
「うふふ……お互い難儀だねぇ。私も私を殺せる強い君が何より好きだよ」
「ほらね」
資質があるとはいえ、魔王に辿り着くまで勇者には修行という苦難が続く。魔王が送り出す魔物の他に、地形、人間の罠、欲が入り乱れる。魔王としては、愛しい勇者が必死になって守る価値がほとほと見当たらない人間たちだ。
だが、勇者が強くなるためには必要なのである。
生まれ変わる度に二十年そこそこで魔王の元までやってくる勇者の人生は毎度手を変え品を変えた苦難にさらされ、魔王には勇者以外の人類を滅ぼすことに遠慮などちらりともおきない。
「今世も頑張ったねぇ」
魔王にそっくりな見た目の聖女のそばで、勇者の精神は狂いかけた。その度に魔王は魔物を放った。その勇者を狂わすのは己以外に赦さないと。
勇者の短いくせ毛の感触を楽しんでいると、その手を取られ手のひらを舐められた。魔王の背中をゾクリとさせるのはいつでもこの勇者だけ。
「前回、女に生まれてしまったことがやりきれなくて自殺したあとに、俺じゃない二代目勇者に君は倒された……君が誰かに殺されるのは我慢ならないと思い知ったよ」
「ふ〜ん、だから今世は鬼神と呼ばれるくらいに容赦がなかったんだねぇ」
「うっかり誰かに先を越されたらと思うと怖かった……」
「ふふふ。とても素敵だったよ。しかし……神とは真に残酷だ。自殺までした君の意識を残すなんてね。しかも私に気付かせない程度に弱くとは。まったく何様だよ」
「君も、あんな勇者こそ殺せば良かったのに……」
「おや。君に会えないと知った私の絶望を慮ってはくれないのかい?」
「……すみませんでした」
「ほんとだよ。なにもやる気が起きなくてねぇ。前回の魔王軍はかつて無いほど脆弱だったよ」
「え、俺が死んだから?」
「そうだよ。その黒刃の剣でなければ私は死ねないし、その剣を使えるのは勇者だけだ。……ふふっ、神たちも焦っただろうねぇ。魔物が弱体化して、二代目勇者が生まれる条件が満たされなかったから。それでも人は魔物の餌になって死ぬし、瘴気が原因の病気で死ぬし、土地も弱って作物は育ちにくいし」
「ざまあみろだ」
魔王のこめかみに口づけると、勇者の頬を細い指がなぞる。
「うふふ、勇者の言葉とは思えないねぇ」
「結界の中だから誰にも聞かれない」
「勇者の剣が聞いているよ」
「こいつは俺たちの味方だからいいんだ」
「うふふ、もはや剣も戦友だねぇ」
何度も何度も、数えるのも馬鹿らしくなるほど、黒刃の剣は勇者によって魔王を斬り捨ててきた。
神の剣として魔王という極上の獲物を屠る悦びは、魔王と勇者をほぼ同時に刺し貫くようになってから狂いだした。
神の使徒であり守るべき者のはずの勇者をも死なせる。
勇者の剣の、根底が揺らいだ。
そこへ。
魔王と勇者の血が注がれた。
勇者の血に混じり、魔の性質が刀身に馴染む。何度も。幾度も。
そして狂いはじめた剣は求める。
斬るべきさらに強きものを。
魔王は勇者に包まれながら、くつくつと喉を鳴らす。
「一柱であれば、こうはならなったろうに」
「一枚岩ではないとさらした阿呆たちだ」
「ふふふ。ふんぞり返っているところを殴りつけるのが今から楽しみだよ」
「え、物理?その細腕で?」
「まさか。魔法の威力を拳に具現化するの」
「大地ごと割れそうだな」
「ふふん」
執着は魔王が先だった。覚束ない剣技で、のたうち回りながら、自分へと向かってくる勇者に、いつしか想いが募った。彼だけが邪悪の権化の魔王をみとってくれる。
初めて紅をさした時に、ちらりと勇者の目が揺らめいた。あの時の喜びを今でも覚えている。
「ねぇ、俺以外に触らないで」
勇者よ勇者、魔王にまで幸せをくれるなんて、正に君は勇者だね。
「少々触れたところで君以外に惹かれることはないよ。ふふ、人間は不要な心配をするねぇ」
「神なんて何を仕込んでくるかわかったもんじゃない」
「ふふふ、本気の私に卑怯者が何をやったところで小細工でしかないよ」
魔王よ魔王、世界に残酷な君は、勇者の全てをも囚えているよ。
「黒刃の剣が卑怯者を見つけるよ」
「それは私が共にいる時に頼むよ、勇者の剣」
結界が消えはじめた。
「はぁ……時間切れか……足りない」
「ふふふ、来世もよろしく」
体の形を、体温を、匂いを、舌の感触を、脈の振動を、互いに叩き込み、互いを引き寄せる。
結界が解け、二人の姿があらわれる。
抱き合う二人を刺し貫くは、勇者が逆手に持った黒刃の剣。
おびただしく噴き出す血の中で、最後の口づけを交わす。
魔王が死に、塵となって消える。
直後、勇者の命も静かに終わる。
勇者の体に刺さったまま、黒刃の剣は。
冷えていく勇者に悲しみ、己に憤り、そろりと願う。
来世も勇者の手に。
来世も魔王の元に。
そして、来世には―――
了
お読みいただき、ありがとうございました(●´ω`●)