第9話 火傷と黒い石
その日の夜――
夕食時に、僕は武闘祭に参加していることを両親に話す。
二人はかなりビックリしていた。両親も僕と同じようにクレティアス学院に通っていたので、学年別武闘祭のことは当然知っている。
普通学級であった自分たちとは、無縁の世界だっただけに――
「大丈夫なの? 危ないんじゃない!?」
「そうだぞ、怪我でもしたらどうするんだ」
かなり心配している。でも、それはそうだろう。僕だって自分が武闘祭に参加していることが、今でも信じられない。
「大丈夫だよ、戦うのは僕じゃなくてコロだからね」
「コロに戦わせてるのか!?」
「うん! コロは意外と強いんだよ。それに、もし危ないと感じたら棄権することも出来るし、無理はしないから」
机の下で大盛の晩ご飯を食べているコロを見て、「大丈夫だよね」と心の中で呟くと、コロも僕を見て「プーッ」と鳴いてくる。
「そうなの……でも心配ね」
「まあ、ルウトがそう決めたんなら仕方がないが……くれぐれも無理はしないようにな」
「うん!」
◇◇◇
僕は自分の部屋で、明日行われる二回戦のことを考えていた。ベッドの上に寝転がり、対戦相手について書かれたメモに目を通す。
僕が参加している低学年の武闘祭には、計八名が出場している。
元々、特別学級の中でも実力がある人が腕試しで参加するため、参加人数は多くない。トーナメントである以上、三回勝てば優勝できることになる。
もちろん優勝できるかどうかなんて分からない。
だけど僕はコロに期待していた。コロが一緒なら勇気をもらえるような気がするし、灰色熊と戦える実力だってある。
だからこそ、僕に出来ることは全部やっておきたい。
色々な人に聞いて回った対戦相手の情報。相手はマティアス・ザンツ先輩だ。
魔法が得意で、見た目がかっこいいから女の子に人気がある。成績も優秀で頭がいいから、コロの対策をしてくるかも……。
もっと能力の種類があればいいんだけど。
ベッドの上ではコロが、うとうとしている。もう眠そうだ。僕も寝ようかと思っていると――
「ピロリロリンッ」
「ん?」
この音は確か……僕はすぐにガラスの板を出現させる。
「やっぱり!」
ガラスには大きくて白い卵が写っていて、ゆっくりと回っていた。この卵はランダムに出現するんだろうか?
僕がガラスの表面を指で押すと、光と共に卵がベッドの上へ落ちていく。
何が出てくるんだろうと思っていると、卵の殻にヒビが入り、割れた隙間からギョロギョロした目が覗いてくる。
殻から這い出し全身が見えた時、僕は驚いた。
赤黒い体表に、口から伸びた長い舌、トカゲに似ているけど違う。僕はこの生物を本で見たことがある。
「魔獣の“火蜥蜴”だ!」
火蜥蜴は口から炎を吐き出す。まだ小さな子供だから強い火ではないけど、布団の一部を燃やしてしまう。
「わ、わ、わ、まずい! コロ!!」
僕の叫び声で、眠りかけていたコロが飛び起きる。火蜥蜴を見つけると、キッと睨みつけ猛然と走ってきた。
足が短いんで、そんなに速くはないけど、ちょこまかと動き回る火蜥蜴を前足で押さえつけようとしていた。火蜥蜴も火を噴き出して反撃してくる。
コロは鼻の頭を火傷したようで、慌てふためく。
何度も火を噴くトカゲを見て、僕も焦っていた。
「部屋が燃やされちゃう、コロ! そいつは食べちゃっていいから、やっつけて!」
「プーーッ!」
コロと火蜥蜴の攻防は続き、最後はコロの強烈な噛みつきで決着がついた。
動かなくなった火蜥蜴の体は、黒い煙となって上へと昇っていく。煙は部屋の中を漂うと、竜巻のような渦を巻いて床へと流れ落ちていく。
煙は一ヶ所に集まり、黒くて小さい“石”になった。
「何だろう、コレ?」
僕が石を拾い上げ、観察しようとした時「ガチャッ」と部屋の扉が開いた。
「何してるんだ、ルウト? 大きい音がしたけど……」
「あ、う、うん。寝る前に少し運動しようと思って、うるさかったよね。ごめんなさい!」
心配した父さんが確認しに来たみたいだ。僕は焼け焦げた布団を背中で隠し、何とかごまかす。
「そうか」と言って、父さんが出て行った後、手に持った黒い石を眺める。
「ひょっとして、これが“魔石”なのかな?」
魔獣は死ぬと、死骸を残さず石になるって聞いた事がある。もちろん見るのは始めてだけど……。
「クゥーン、クゥーン」
コロが物欲しそうな表情でこっちを見ている。
「ん? ひょっとして、これも食べるの? 石だよ!」
僕にはただの石にしか見えないが、コロにはご馳走に見えるのかな? 石を床に置くと、コロはトコトコ寄って来てパクッと口に入れると、そのまま飲み込んだ。
「ええ~、噛みもしないんだ……」
コロはご機嫌でベッドの上に戻ろうとする。自力では上がれないため、僕が抱き上げてベッドの上に乗せると、枕元で丸くなり眠り始めた。
ガラスの板でコロの画像を確認すると、左下に【火F】の文字がある。
「そうか……動物は体の一部を食べることで、魔獣は“魔石”を食べることで能力が身につくのか……」
だとすると―― 僕は【火F】の能力を使ってみたいと思い、眠ろうとしているコロの体をポンポン叩いて無理やり起こした。
「プウゥン?」
ちょっと不機嫌そうな声を出して目を開ける。武闘祭の二回戦は明日だ。
今日中に能力を使えば、明日また使うことが出来ると思い、僕は画像の左下にある【火F】の文字を右上へと移動させた。
「どう、コロ?」
コロは少し頭を振った後、「プーッ、プーッ」と何かを吐き出そうとしている。次の瞬間――
火蜥蜴と同じ火炎を口から吐き出した。火は天井近くまで上がり、しばらくすると小さくなって消えていく。
「うわー、凄い!」
コロも嬉しそうにはしゃいでいるが、「ケポッ」と言って黒い煙を吐き出す。僕はそれを見て笑ってしまった。
これで明日の試合は【速】【硬】【力】【火】の四つの能力が使えるはずだ。
僕はこれできっと勝てると思い、安心してコロと一緒に眠りに就く。だけど僕はこの時まだ分かっていなかった。
コロの能力に、どういう制約があるのかを――