第8話 コロと武闘祭
僕の前世の記憶―― 生前の世界には四季があり、暦があった。転生した今の世界にも同じように四季や暦がある。
転生後の暦で違うのは、春から始まり、冬で終わると言うこと。
そして今は春、武闘祭が行われる季節だ。
僕が武闘祭に出ることは、学院内の話題になり、同級生からは「正気か?」や「がんばって、応援する!」など様々な声かけてもらっていた。
中には、よく思わない人もいるみたいで、学院の帰りにグランドとその取り巻きに囲まれてしまう。武闘祭にはグランドのお兄さんも出場するみたいで、余計に当たりが強い。
「何、寝ぼけたことしてんだ! お前なんかが出ていい訳ないだろ、今すぐ参加を取り下げろ!!」
「い、いや、それは……」
僕が言い淀んでいると、目の端に猛然と向かってくる人影が映る。
「どりゃあーーー!!」
「ぎゃああっ!!」
アルが、グランドに飛び蹴りをする。背中を蹴り飛ばされたグランドは、もんどり打って派手に倒れた。
「何してんだ、このブタ野郎!」
「だ、誰がブタだ!! お前ら、やっちまえ!」
グランドの取り巻き四人と、アルの大喧嘩になった。アルも大暴れしてたけど、多勢に無勢、止めようとした僕も、アルと一緒にボコボコにされる。
翌日―― 先生に呼び出され僕たちだけ、こっ酷く叱られた。
色々あったけど、何とか出場停止にならずに大会当日を迎える。
「ルウト、準備はいいか?」
「うん」
闘技場に向かう重厚な扉が開かれる。歴史を感じさせる石畳が、道の出口まで敷かれていた。薄暗い廊下を抜け、正方形のリングがある外に出る。
学院の施設である闘技場はかなりの大きさだ。来るのは初めてだし、大勢の生徒が観客席にいたため、とても緊張している。
僕が姿を現すと、会場全体がザワつき、笑いも漏れていた。観客席にいる一部の生徒たちが口を開く。
「おい、本当に来たぞ!」
「えー、動物抱いてるんだけど!」
「本気なのか? あいつは」
「きゃははは、ウケるんですけど」
コロを抱きながら入場してきた僕は、嘲笑の的になってるみたいだ。
それはそうだろう、普通学級の生徒が参加しただけでも大事なのに、僕の戦い方は武闘祭に前例がない“従魔師”だ。
普段なら見学にもこない普通学級の生徒も、興味本位で観客席に来ている。
アルに乗せられて出場を決めたけど、今更ながら後悔し始めていた。担任の先生にも「本当に出るのか?」と言われていたので、あの時やめておけば……。
「がんばれーールウト! お前なら絶対勝てるぞ」
参加選手の控室から観客席に上がってきたアルが大声で応援してくれてる。ちょっと恥ずかしい。
「おい、俺の相手がお前なのか? 冗談だろ」
反対の出入り口から来た対戦相手だ。すごく大柄で、大きな剣を持っている。刃が無いって言ってもあんなに大きい剣だとコロが怪我しちゃうよ。
お互いリングに上がり、黒い修道着を着た審判の間近で対戦相手と向かい合う。
「よ、よろしくお願いします……」
「よろしくだぁ? 何をよろしくするんだ。そのちっこい動物は今日死ぬことになるのに、呑気な奴だな」
こ、怖い。でも対戦相手の事は事前に調べていた。この人、ライアン・ゴメス先輩は有名な商家の次男で、力自慢みたいだ。
二回生なので十三歳のはずだけど、そうとは思えない程大きい。
この武闘祭は高等部の一から二回生、三から四回生、五から六回生の三つに分けて試合が行われる。そのため僕以外は全員二回生だ。
パメラが出てくるかと思ってたけど、参加はしていなかった。
取り合えず戦うけど、コロが苦戦したらすぐ降参しようと思う。それはアルにも言ってあるから、誰も文句は言わない。
僕は抱きかかえていたコロを地面に下ろす。
人と戦う練習はアルを相手に何度か行ってきた。コロも何をするのか分かってるようで、僕を見て「プーッ!」と、力強く鳴き声を上げる。
「準備はいいか?」
審判の声で身が引き締まった。
「はい!」
「いつでもいいぜ」
「始め!!」
僕はガラスの板を出現させる。
この板は透明だから、遠目にはガラスの板があることは分からないと思う。コロの画像の下にある【速F】【硬F】【力E】の文字を右上に移動させた。
これは灰色熊を追い払った一番強い組み合わせだ。
コロが身震いすると、体型が変わり始め、頭と背中が灰褐色の硬い外皮へと変質してゆく。一部の観客は、コロの変化に気づきだした。
だがライアン先輩は特に気にすることもなく、薄笑いを浮かべたまま大剣を肩に担ぎ、こちらへと歩いて来る。
「その妙竹林な生き物をどこで拾ってきたか知らねーが、一撃で終わらせてやるよ」
ライアン先輩は剣を高々と振り上げた。
「コロ!」
「プーーッ!」
コロは素早く地面を駆け、相手に向かっていく。振り下ろされた大剣は轟音と共に迫るが、コロは軽々とかわし、ライアン先輩の懐に入り込む。
後ろ足で飛び上がり、相手のお腹に強烈な“頭突き”がめり込んだ。
「はがっ!?」
先輩は体をくの字に曲げ悶絶する。顔は真っ青になり、お腹を押さえながら踏鞴を踏んで後ろに下がっていく。
地面に着地したコロは後ろ足に力を入れ、再び跳躍する。今度は丸まって回転し、弾丸のように先輩に襲い掛かった。
灰色熊を撃退した時の技だ。
「行け―っ! コロ!!」
高速回転した弾丸は、ライアン先輩の顔面に直撃する。
ライアン先輩は盛大に鼻血を噴き出し、昏倒するように後ろに倒れた。一瞬で会場が沈黙する。
「しょ、勝負あり!」
「やったーー! 凄いよ、コロ」
「おおーーよくやった、ルウト!!」
大声を出して喜んだ。コロも飛び跳ねながら、嬉しそうに僕の側に寄ってくる。
「プッププーーッ!」
「ほめてー」と言っているように聞こえたので、思いっきり抱きしめて頭を撫でてあげる。だけど喜んでるのは、僕とアルとコロだけだ。
会場は静まり返っている。信じられないといった空気が会場を支配し、観客席にいる生徒たちは奇異な目で僕とコロを見ている。
「よーし、帰ったらお祝いだぞーー!」
一切、空気を読まないアルの声だけが会場にこだまする。本当に勝って良かったんだろうか?
倒れたライアン先輩はピクリとも動かない。
医療チームが駆けつけ、治療が行われる。先生は魔法で傷を治していく、あれが回復魔法か……先輩は医療班によって運ばれていった。
大丈夫だといいけど……。
僕はコロを抱き上げ、会場から出ようとすると、少しづつ会場がザワつき始める。観客の生徒たちが口々に言っている声が耳に入ってきた。
「何だよアレ……こんなことあるのか?」
「見たか? 動物の姿が変わったぞ、やっぱり“魔獣”なのかな?」
「信じられない」
「普通学級の奴が勝っちまったぞ」
「でも、あの動物、ちょっとかわいくなかった?」
「えーーっ!?」
そんな声を聞いていると、少しづつ実感が湧いてきた。誰よりも非力だと思っていた自分が、本当に武闘祭に出て勝ったんだ。