第4話 困惑とネズミ
「絶対、神様が誤解してる」
最初は前世でやっていたような、ほのぼのした育成ゲームが出来るんだと思っていたけど、そうじゃなかった。
このガラスの板から卵を産ませ、それをコロに食べさせて成長させるという、残虐非道な設定みたいだ。
僕が前世で遊んでいたゲームと全然違う。
何とも言えない気持ちになり、ふと、ガラスに目を落とす。表示されている文字と、寝ているコロを交互に見て違和感を抱く。
「おかしいな……【飛F】と表記されてるけど、別に羽が生えた訳でもないし、見た目には何の変化もない」
僕は寝ているコロを無理やり起こす。「プゥ?」と薄目を開けて寝ぼけているコロをベッドの上で持ち上げ、そのまま落としてみた。「ボフッ」という音がして、コロがベッドにめり込む。
やはり飛ぶ気配はない。
飛ぶことが出来ないなら成長したことにはならないと思うけど……。ひょっとして食べた物を完全に消化しないと姿が変わったりしないのかな? そう考えて、その日は眠ることにした。
翌日――
コロは目を覚まし、元気に走り回っている。だけど翼が生える訳でも、空中に浮き上がる訳でもない。
やっぱり昨日と何も変わらないな。成長の仕方には嫌悪感がすごくあるけど、成長してくれること自体は嬉しい。
でも、その成長が実感できないのは問題だ。
今日は学院が休みなので、これを機に色々調べてみようと思った。コロの事や、ガラスの板の事など分からないことが多過ぎる。
「ちょっと出かけてくるよ」
「どこに行くの?」
「森まで散歩!」
「あんまり遠くに行っちゃダメよ。危ないから」
「うん、分かってる」
僕とコロは森へ向かう平地を駆けた。嬉しそうに走っているコロだが、足が短いためけっこう遅い。僕も体力が無いから、森に着いた時にはコロと一緒にゼィゼィと息を切らせていた。
家の近くにあるガリアの森は、バリスクの街の東側にある広大な森だ。
奥に行けば危険な動物や魔獣などがいるが、入口付近であれば危険な動物は出てこない。コロが大食漢なのは分かったので、餌になる動物を確保しながらコロの成長について調べてみようと考えていた。
「コロ、一緒に餌を探すよ!」
「プウッ!」
森の入り口に足を踏み入れる。気持ちいい新緑の木漏れ日を抜けて、コロと一緒に動物を探し始めた。出来れば小さい動物がいいけど……。
そう思っていた時「プーッ!」っとコロの鳴声が響いた。
急いで駆けつけると、コロが何かと格闘している。ピョンピョンと飛び跳ねる小さな動物だ。
「兎ネズミ!」
それはネズミの一種で、家の近くでもよく見かける動物だった。体長は二十センチぐらいで耳は大きく、後ろ脚が発達して飛び跳ねながら移動する。
コロは必死に捕まえようとするが、兎ネズミの方がよほど速い。とてもコロだけでは捕まえられそうにないので、僕も加勢する。
コロが追いかけ回し、僕が飛びかかるが、ネズミは縦横無尽に飛び回る。
「あっ」「こらっ」「そこっ」
「プッ」「プウッ」「プーーーッ!」
悪戦苦闘したが、結局ネズミには逃げられてしまう。 僕がぐったりしていると、コロは短い前足で地面を叩き悔しがっていた。
「何とか捕まえないと……ちょっと待ってて」
僕は家から虫取り網を持ってきて、もう一度ネズミを探し始める。さほど時間もかからずに兎ネズミを見つけることが出来た。
この辺にはたくさんいる動物だから、見つけるのは苦労しない。
見つからないように、ゆっくり近づいていく……。
「あっ、そうだ。その前に」
僕は手の中にガラスの板を出現させる。ネズミをガラスに透かして見ると、コロと同じように画像が表示された。
そして画像の下には【速F】の表記がある。
「――と、言うことは、普通の動物でも、食べれば成長する可能性があるってことなのかな?」
僕はコロと目配せして慎重に兎ネズミに迫る。一斉に飛び掛かり、飛び跳ねるネズミとの死闘が始まった。
二十分後――
僕とコロは疲れすぎて地面に寝転がっていた。体中が汗だくだ。僕が持つ虫取り網の中には、何とか捕まえた兎ネズミが入っている。
「やったね、コロ……」
「プーーッ」
正直、こんなに大変だとは思ってなかった。少し息が落ち着いた所で、コロを呼び、網に入っている兎ネズミを慎重に網から出す。
コロは慌てたように寄って来て、逃がさないよう前足でしっかり押さえながら、ネズミを食べていく。
「うぅ……」
僕は目を逸らす。動物との生々しい触れ合いは苦手みたいだ。この光景は何度見てもなれないと思う。
兎ネズミをペロリと食べたコロは、満足気な表情でチョコンと座っていた。
僕はガラスの板を出し、コロに向ける。コロの画像を確認すると【飛F】の下に、【速F】の表記が追加されていた。
「やっぱり能力がある動物を食べれば、その能力を取り込めるんだ」
取り込む方法はともかく、こうやって成長していくのは面白いと感じていた。これでコロも、兎ネズミみたいに素早く動けるんじゃないかな?
「よし! じゃあ、もう一度ネズミを捕まえてみよう」
「ププゥーー!」
僕の言葉に力強く答えてくれたコロは頼もしく見える。一緒に兎ネズミを探すと、今回も簡単に発見出来た。
僕とコロは力を合わせて兎ネズミを捕まえに行く。前回よりも早く捕まえられると期待したが。
二十分後――
ゼイゼイ言いながら地面に倒れている一人と一匹の姿があった。
「ハア……何とか、ハア……捕まえたけど……コロ全然速くなってないよ!」
「プゥ~~」
ちょっと申し訳なさそうな声を出すコロだったが、何で変わらないんだろう? まったく分からないまま、コロに二匹目のネズミを食べさせた。
ガラスの板で確認すると【速F】のまま、一切変わらない。どうやら同じ動物を食べても表記は変わらないようだ。
どうして表記はあるのに使うことは出来ないんだろう?
僕は頭が混乱してきた。一旦家に帰り、お昼ごはんを食べることにしたがネズミを二匹も食べたコロは、母さんが用意したご飯もペロリと平らげる。
これ、外で餌を見つけないと家の食料を食べつくされるんじゃ……。
一抹の不安を感じつつ、午後からも森へ出かけた。本当はアルと遊びたいけど、アルの親は靴職人で、休みの日は仕事を手伝うことが多い。
家事ぐらいしか手伝うことのない僕とは大違いだ。
森を散策しながら新しい動物を探す。もうネズミはいい。僕の腰くらいまである草むらを丹念にかき分けていくと、黄色くて丸っこい動物がいた。
「あれは……」