第34話 安心と憤慨
学院長は魔獣に乗ったまま、こちらに近づいてくる。魔獣はどことなく、フラついているように見えた。やっぱり、あの光の影響かな?
「学院長、無事で良がっだ……」
アモンズ先生が涙目で言っている。僕たち以上に心配だったようだ。
「うむ、危なかったが何故か強い光があっての、その光を浴びると魔獣が弱体化したのじゃ。こちらの方から光ったと思ったが何か知らんか?」
「オラも分がらねーが、子供だぢは何が知ってるじゃねーがど……」
「子供たちが?」
学院長は魔獣から降り、僕たちの方へ来た。
「お主たち、あの光が何なのか知っておるのか?」
僕は息を飲む。それを知っているのは僕だけだ。アルもパメラも困惑した顔をしている。嘘を付くことも出来るけど、後から問題になるかもしれない。
僕は意を決して、話せることは話すことにした。
「たぶん……コロだと思います」
「コロ? その動物があの光を放ったのか?」
「どういう事だよ、ルウト。コロにあんな能力があったのか?」
アルが驚いた様子で聞いてくる。アルやパメラにもっと早く相談していれば良かったと、少し後悔した。
「ゴドリックさんの屋敷から戻ってから、何故か変な能力が使えるようになったみたいなんです。理由は僕にも分かりません」
「ゴドリック邸から……」
学院長は何かを考え込むように目を閉じた。やっぱり問題になるんだろうか?
「うむ、その話は取り合えず後にしよう。今は学院までの避難が先じゃアモンズ、魔獣たちは動けそうか?」
「はい、大丈夫ですだ」
僕たちがアモンズ先生と魔獣に乗ろうとした時、僕が抱きかかえていたコロが何かに反応するようにピクッと動いた。
「プッ!」
「どうしたの? コロ」
コロは僕の腕から飛び出し、来た道を戻り始めた。
「コロ! どこ行くの?」
コロが行く先には“魔石”がたくさん落ちている。あの魔石を食べようとしてるのか……コロは涎を垂らしながらトコトコ歩いていく。
僕とアルが後を追い、魔石を食べようとしたコロを抱き上げる。
「プッ!?」
「ダメだよコロ、魔石は高価なんだ。勝手に食べたりしたら問題になるかもしれない、我慢して!」
「プゥ!? プゥ、ププゥッ、プ~~!!」
コロは涙と涎を流しながら、猛烈に抗議してるようだったけど、これ以上問題を起こされても困るので僕は心を鬼にしてコロを連れて行く。
「プ~~~~~~~~ッ!!」
全員で魔獣に乗り学院に向かう中、コロは最後まで不満げに鳴き声を上げていた。
◇◇◇
学院に到着した僕たちは母さんと合流した。
母さんは僕を抱きしめて「本当に良かった」と安堵の息を漏らす。その後何度も学院長に頭を下げ、お礼を言っていた。
学院の体育館に避難者が大勢集まっている。アルの家族やパメラの家族も無事なようだ。遅れて父さんもやって来て、みんなで無事を喜ぶ。
コロは今だに不貞腐れているようだけど……。
僕たちが家族と話をしていると、体育館の入り口から修道服を着た集団が入ってくる。トリーヤ様たちだ。
「おお、無事じゃったかトリーヤ! 心配したぞ」
「はい、遅くなりましたが魔獣は何とか押し返しました。当面の危険性は無いでしょう、ご安心下さい」
トリーヤ様のその言葉に体育館にいた避難者からは「お~~!」と言う歓声と、惜しみない拍手が送られた。
学院に集まっていた人たちが、順次家へと帰っていく。
僕は学院長から話があると言われ、残ることになったのだが……父さんや母さんはかなり心配している。
パメラはお母さんと一緒に帰ったが、アルは残ってくれた。
「いいの、アル?」
「いいって、父ちゃんや母ちゃんには後から帰るって言っておいたし、ルウトは何も心配しなくていいよ」
僕はアルに「ありがとう」と言い、体育館の一角にいた学院長を見る。学院長とトリーヤ様は二人で何かの話しをしているようだ。
体育館の中に何台かの机が用意され、その上に石のような物を並べている。それは大量の“魔石”だった。
今まで不機嫌に地面を転がっていたコロが、ビクンッと反応する。
飛び起きたと思ったら、コロは小走りで机に近づいていく。だけど短い脚では机の上に上がれず、ピョンピョンと飛び跳ね藻掻いていた。
僕が追いかけて、捕まえようとすると――
「んー、どうしたんだい、コロ?」
トリーヤ様がコロを両手で抱きかかえ、目の前の高さまで持ち上げると、モフモフとあやし始めた。
コロは迷惑そうにジタバタしている。
きっと魔石を食べたくて近づいて行ったんだ。でもトリーヤ様はそれを知らないから「私に会いたくなったのかな?」と見当違いなことを言っている。
頭に血が昇ったコロは、目の前のトリーヤ様の顔面をぶん殴った。
血を噴き出し倒れていくトリーヤ様を見て、僕と僕の両親は絶叫する。慌ててコロを捕まえ、全員で土下座した。
「いやいや、いいんです。嫌われてるのは分かってるんで……」
トリーヤ様はそう言ってくれるが、生きた心地がしない。コロがこれ以上悪さをしないよう、父さんと母さんから厳重に注意された。
コロは魔石に近づこうと暴れていて、僕では手に負えない。僕より力の強いアルに「抑えてて」とお願いした。
「任せとけ!」とアルは快諾してコロを抱きかかえる。
◇◇◇
コロは不満だった。魔石が沢山あるのにルウトは全然食べさせてくれない。
これは虐待に他ならないと考え、そこら中に当たり散らしていた。特にあの髪の長い男が大っ嫌いだ。
前回は檻に入れられて持ち運ばれ、今回は魔石を食べるのを邪魔した。
今度、近くに来たらボコボコにしてやろうとコロは考えていた。そんな時、自分を抱きかかえるアルが話しかけて来る。
「なあ、お前そんなに魔石が食べたいのか? 変わった奴だな」
アルはそう言ってポケットをゴソゴソと弄る。掴んで取り出した物を、コロの前で開いて見せた。
それは間違いなく“魔石”だった!
「プゥッ!?」
「へへへ、実はさっき、こっそりと拾ったんだ。何の魔石かは分からないけど、これ食べていいぞ」
「プ~~~!!!」
コロは大喜びで魔石を口に頬張る。至福の時間を味わい、テンションが上がり過ぎてその場を駆け回る。
コロは泣きながらアルの足にスリスリと頭を擦り付けた。
「そんな嬉しいのか? 魔石を食べたことは内緒にしろよ」
コロは頭をブンブンと振って頷いた。
◇◇◇
「ルウトよ、すまんが学院長室まで来てくれるかの。ご両親も一緒にお願いする、なあに少し話を聞くだけじゃ」
学院長から呼ばれた。ドキドキする、どこまで話せばいいのか、まだ判断出来なかったからだ。
コロをアルに任せ、僕と両親は教師棟の校舎に来ていた。
まずは僕だけが学院長室に呼ばれ、話をすることになる。僕がソファーに座り、向かいには学院長とトリーヤ様が座っている。
すごい圧迫感があった。
「さて、ルウトよ。聞きたいのはコロのことじゃ、知っていることを全部話してくれるかのう」




