第2話 貴族と平民
「よし、まずは状況を整理しないと」
僕は改めて手元のガラスを見る。そのガラスにコロを透かして見ると、ガラス板の左上にコロの画像が出た。
そこには「合成獣キメラ」の表記がある。
「合成獣キメラ……それがコロの種族名なのかな?」
この世界には野生にいて害の無い動物と、人間に害を与える“魔獣”、人を守る存在と言われている“聖獣”がいる。
だけど“合成獣”なんて聞いたことがない。
それにこのガラスの板、とても薄くて軽い、まるで重さが無いような不思議な感じだ。
突然出てきたから、消す事も出来るんだろうか? 僕は意識を集中して「消えて」と念じてみる。
すると手の中にあったガラスの板は、最初から存在しなかったかのように消えて無くなった。ガラスの板は無くなったけど、コロはそのままベッドの上でこちらを見つめて、チョコンと座っている。
「ガラスの板が消えても、コロは消えないんだ」
今度はガラスの板が出てくるように念じてみた。すると僕の思いに答えるように「ブゥン」と低い音が鳴り、再び手の中にガラスの板が現れる。
「すごい、すごいよ。まるで魔法みたいだ!」
貴族の一部に魔法が使える人達がいることは知っている。僕みたいな平民が魔法を使うことなんてありえないけど、このガラスの板は魔法としか思えない。
僕が喜んでるのを、コロは不思議そうな顔で見つめている。
「コロには分からないだろうけど、魔法が使えるって凄いことなんだよ。僕もずっと憧れてたんだ」
「プーッ」
本当に神様が僕にくれた“ゲーム”なんだ。僕はテンションが上がり、はしゃいでいると扉の向こうから母の声が聞こえてくる。
「ルウト、何騒いでるの? 具合が悪いんだから安静にしなさい!」
「あ、うん。分かったよ、母さん」
今、コロが見つかるとビックリするだろうからな、明日学校の帰りに拾ってきたことにしよう。
アルにも見せようと考えていた。驚くかもしれないけど、もし家で飼えないとなったら頼れるのはアルしかいない。
その日の夜は両親に見つからないように、コロと一緒に眠ることにした。
◇◇◇
「おい、ルウト! 医者に診てもらわなくて大丈夫か? 昨日、倒れたばっかりだろう」
「大丈夫だよ父さん、もうすっかり元気になったから」
心配する父さんを尻目に、慌ただしく玄関の戸を開ける。僕が持つ少し大きめのバッグの中には、まだ大人しく寝ているコロを入れていた。
早くアルに見せて、今後どう飼っていくか相談しないと。
父さんや母さんは今日は休んで、医者に診てもらおうと言ってたけどそんな事してる場合じゃない。
僕は教科書などが入ったバッグを背負い、コロを入れた手提げバッグを揺らしながら、小走りで学院へと向かった。
◇◇◇
僕たちが通うクレティアス学院は、このバリスクの街で最も大きく歴史のある学院で、小等部と高等部に分かれている。
十二歳になった僕とアルは高等部に上がったばかりだ。
「おはよう、ルウト。体は大丈夫か?」
「おはよう、すっかり良くなったよ。母さんがアルにお礼がしたいって」
「いいよ別に」
学校へ行く途中、のどかな畦道の三叉路でアルが待っていてくれた。ここでアルと落ち合うのはいつもの光景だ。
僕たちが住む家は、街の南東の端にあり同じ街に住む同級生からも“田舎”と笑われる。
確かに近くには買い物をするようなお店はないし、学校までもかなり歩かなきゃいけない。でも、街の南東部に広がる森に近いため、自然は豊かでアルと一緒によく昆虫や小さな動物などを捕まえに行っていた。
「実はアルに見せたい物があるんだ」
「何だよ、見せたい物って?」
学院に着くと校門から見て右側の校舎に向かう。クレティアス学院は、普通学級と特別学級があり校舎自体が分かれている。
僕たちが入ることが出来るのは、右側にある普通学級の校舎だけだ。
左側の校舎は、貴族の子や有名な商家の子、それに特別な才能を認められた子供だけが通っている。僕たちとは全然住む世界が違う。
僕は人目に付かないよう、校舎の裏にアルを連れて来た。
普通学級の校舎は木造部分とレンガで出来た部分があって歴史を感じさせる趣があるが、人によってはただボロいだけと言いそうだ。
僕は手提げバッグに入れたコロをアルに見せる。
コロはバッグの中ですやすやと眠っていた。子供だからか餌を食べている時以外は眠ってばかりいる。
「おい、何だよこの動物!? どっから持って来たんだ?」
「実は昨日の夜、家の外で拾ったんだ」
まさか、いきなりガラスの板から生まれたとは言えなかった。実際、森に近い僕の家には野生の動物が来ることはよくあるし、アルもそのことは知っている。
「かわいいな~、でも見たことない動物だ。ルウトは知ってるのか、この動物のこと?」
「ううん、僕も初めて見たんだ。だけど凄い大人しいし、家で飼おうと思ってるんだけど、もし母さんダメって言ってきたらアルの家にしばらく置いてくれないかな? 時間をかけても親を説得するから」
「それを頼むために俺に見せてくれたのか……分かった。もしダメだったら俺がいくらでも預かるよ」
アルはバッグの中で大人しく眠っているコロの頭を撫でたり、アゴの部分をさわさわと触っていた。そのせいかコロが薄目を開ける。
どうやら目を覚ましたようだ。
「おっ、起きたみたいだな。それで、こいつ名前は何て――」
おもむろに口をあんぐりと開けたコロは、寝ぼけていたのかアルの手にバクリと噛みついた。
一瞬、キョトンとしたアルだったが想像以上の痛みが襲ってきたようで……。
「ぎゃああああ~~~~~~~~!!」
◇◇◇
「ごめんねアル、寝ぼけてたみたいで、普段はおとなしいんだけど」
「ああ、いいよいいよ。ちょっと血は出たけどな。ハハハ」
明るく笑ってくれたアルと一緒に、校舎に入ろうとしていた。すると向こうから、見知った顔の五人組が歩いて来る。
でっぷりとした体格の少年を中心に、僕たちとは違う制服を着た同級生だ。
「おい、誰かと思ったら平民学級のアルじゃないか。随分のんびり登校してくるんだな」
「グランド、お前こそどこ行くんだ。授業も受けずに帰るのか?」
「おい! 口の利き方に気を付けろよ」
アルの物言いにグランドの取り巻きが激高した。この学校では貴族が入る特別学級の生徒に対して、普通学級(グランドが言う平民学級のこと)の生徒は遠慮しながら学校生活を送るのが普通だ。
だけどアルは「同じ学年だろ」と言って普通に接する。それが気に入らないと突っかかってくる特別学級の生徒は多かった。
特にグランドは、バリスクで最大の豪商であるクレーバー商会の息子。父親は金の力に物を言わせて爵位を買い、貴族になった人だ。
「授業に遅れるだろ、行こうぜルウト」
五人組を無視するように、僕とアルが横を通り抜けようとすると、青筋を立てたグランドがアルに掴みかかろうとした。
「調子に乗りやがって!」
僕が止めようとして、慌てて間に入ると――
「邪魔だ!」
グランドが蹴り上げた足が、僕の持ってたバッグに当たる。コロが入ったままのバッグは飛んで行き、地面に叩きつけられた。
「ああっ!」