第19話 司教と騎士団
「なるほどのう……やはり問題が起きておったか」
僕たち三人は学院長室に通され、長いソファーに腰かけていた。対面にあるソファーには学院長が座っている。
部屋を見回すと歴代の学院長の肖像画が飾られており、本棚には難しそうな分厚い本が並んでいた。
奥にある年季の入った立派な机の上には、羽根つきのペンが置かれている。
「物珍しいかな、ルウトよ」
「え!? い、いえ」
急に学院長から声を掛けられてビックリした。学院長にこんなに近くで会うのも、話をするのも初めてだ。
改めて学院長を見ると、かなり高齢のはずなのに顔立ちが整っていて、若い頃は美麗な方だったんだと感じることが出来る。
昔はすごく偉大な魔導士だったと聞いたことがあるけど……。
「学院長、私たち何とかコロを取り返したいんです。協力をお願い出来ないでしょうか?」
パメラは僕たちの今の状況を説明した上で、学院長に助力を求めた。それを聞いた学院長は腕を組んで目を閉じ、何かを考え込んでいるようだ。
「ふむ、話は分かった。武闘祭は学院の行事じゃ、それによって困った事態に陥っているのなら、それは学院の責任、延いてはワシの責任でもある」
「じゃ、じゃあ!」
パメラが前のめりになって先を促す。
「役場に連れていかれた”従魔”コロだったかの、ルウトの元へ戻れるように全力を尽くそう」
僕たちは顔を見合わせ、「やった!」と喜び合った。
「じゃがの――」
喜ぶ僕たちの前で、学院長は神妙な顔になる。
「ワシは確かに州の議会議員ではあるが、議員の中では多数派ではない。それに対してゴドリックは派閥を持つ多数派じゃ」
「それは学院長でも、どうにもならないってことですか?」
パメラが心配そうに聞く。僕も喜びが一転し、心臓がドキドキと早鐘のように鳴るのを感じていた。
「もちろん抗議することは出来るし、臨時の“審議会”を開くことも出来る。だが最後には数の力が物を言う。今の状況では、ゴドリック・クレーバーが関与している証拠もない。解決は簡単ではないじゃろう」
「そんな……」
僕はまた暗い気持ちになり、視線を落とす。
「そんなに暗い顔をするな。全力で協力すると言ったじゃろ! やれる事は全てやってみる、後はワシら大人に任せて君たちは家に帰りなさい」
僕たちは「ハイ」と返事をして学院長室を出た。学院長の協力は取り付けることが出来たけど、コロが戻ってくるかは分からない。
三人は俯いて、言葉数少なく家路に着いた。
◇◇◇
バリスクの街の中心部、街の全ての行政を担う役場があった。
一際大きな白い建物の中には各行政の部屋があり、その一角、財務会計部門の上司の部屋にルウトの父、レガンスの姿があった。
「レガンス、君の気持は分かるが行政長に“審議会”の開催を要請することは出来ない」
「話を通してもらうだけでもいいんです。お願い出来ませんか?」
レガンスは何度も役場の関係各所に抗議したが、コロがどこに連れて行かれたかも分からず、話もまともに聞いてもらえなかった。
最後に不服を申し立てるため“審議会”開催を要請しようと考えたが、一般市民であるレガンスにはその権限がない。
レガンスの周りで開催の権限を持つのは、自分の働く役場の長、行政長だけだ。行政長は州の議会議員でもあるため頼もうとしたのだが――
「諦めなさい。これ以上騒ぎを大きくすると、君の立場が悪くなるよ」
上司は否定的だった。行政長がゴドリック・クレーバーの派閥であることはレガンスも理解していたため、予想はしていた状況ではあるが……。
「私の立場が悪くなるのは構いません。息子のために、出来ることは何でもしてやりたいんです」
◇◇◇
バリスクの街が見える街道に、白い宗教服を着た集団がいた。
「やっと着きました、トリーヤ様。王都からかなりの距離でしたな」
「そうですね……ここに来るのは久しぶりです。少し懐かしいですね」
「トリーヤ様がバリスタに来られたのは、いつ頃の話ですか?」
「十年以上前、教皇様の命で来ました。その時に直接見たんですよ」
「見たというと……」
トリーヤと呼ばれた男。歳はまだ若く、周りの者とは明らかに異なる修道服を着て馬に跨がっていた。
白い色の長髪で、目は全てを見通すような翡翠の色をしている。
「……ガイアの森にいる“深緑の隠者”、無事ならばいいのですが」
彼の後ろに連なるのは、馬に乗った五千を超える騎士団。率いるのは聖十字教会、最年少で司教となったトリーヤ・バルドウである。
「さあ行きましょう。我々がやるべき事は、たくさんありますからね」
◇◇◇
僕は家に帰った後、何もやる気が起きず勉強机でガラスの板を見ていた。
コロの画像を眺めていたが、何の変化もない。コロは今、何をしてるんだろうか? ご飯はちゃんと食べてるかな? 寂しがってないかな?
色々な心配が頭を過る。
僕はガラスの板をしまい、寝るためにランプの灯を消そうとして立ち上がった。その時――
「ピロリロリン!」
「え?」
今の音は、僕は慌ててガラスの板を出す。画面をタップすると、思った通り卵が表示されてクルクルと回っていた。
しかも、それはただの卵じゃない。
「虹色の卵だ!」
コロが生まれたのと同じ色の卵……またコロと同じような動物が生まれるんだろうか? 何故このタイミングでこの卵が現れたのか分からない。
でも、今までこのガラスの板は、コロの助けになる卵を生み出してきた。
今回もコロを助けてくれるんじゃ……。僕はそう思い、ガラスの表面をタップする。「ボトッ」といつも音がすると、ベッドの上に卵が現れる。
キラキラと虹色に光る卵だ。何が出てくるんだろうと思い、僕は卵を凝視した。期待と不安がおり混ざる。
「パリッ!」っと卵の殻が割れ中が見えた、中にいたのは……。
「え? 何もいない!?」
殻の中には何の動物もいなかった。いや、いないように見えたんだ。
中から透明な液体がベッドに流れ出てくる。僕はゾッとした。
「何これ!?」
液体は流れ出るのをピタリと止め、一ヶ所に集まっていく。それは透明な液状の球体に見えた。殻と同じように虹色に光っている。
謎の生物? に僕は困惑するが、「そうだ!」とガラスの板を液状の球体に向け、透かせて見る。
すると右上に画像が表示され、その生き物の種族名が記載された。
「…………虹色スライム?」




