第16話 休息と穴掘り
観客席にいたゴドリック・クレーバーは、ワナワナと体を震わせていた。
自慢の息子が武闘祭で負けたこともそうだが、それ以上に怒りが込み上げてきたのは、才能がないと言われている普通学級の生徒に、それも大勢の観客の前で無様に負けたことが彼のプライドを傷つけていた。
「パ、パパ……」
「帰るぞ!」
ゴドリックは立ち上がり、敗北した息子を一瞥すると、他の観客を掻き分けてその場を後にする。
「待って、パパ!」
拳を強く握るゴドリック。面子を重要視する商売人だった彼にとって、今の状況は看過することができない屈辱だった。
◇◇◇
「フォフォフォ、いやはや、これは凄いことになったのう」
「笑い事ではありませんよ、学院長!」
大勢の観客がエリウス・クレーバーの勝利を確信していたため、決着がついた今でも会場がどよめきに包まれる。
試合を見ていた学院長のスノウと、教頭のハーヴェイであったが、ハーヴェイは強い危惧を抱いていた。
「武闘祭で普通学級の生徒が優勝するなど、前代未聞です。特別学級の存在意義まで問われかねません」
「良いではないか。ただ才能がある子が出てきた、ただそれだけじゃろ」
「しかし……」
「フォフォフォ、まあ、確かに言いたい事は分かる……この後、問題が起きなければいいがのう」
◇◇◇
僕が控室に戻ると、アルとパメラが待っていた。
「おつかれ、ルウト」
「お前とコロは、本当にスゲーよ!! 武闘祭の決勝で勝ったんだぞ、もっと喜べ!」
やさしく労ってくれるパメラと、興奮気味に喜ぶアル。対照的な二人の反応が面白かった。だけど――
「うん……でも、エリウス先輩が怪我しちゃったし……」
僕が落ち込むと、パメラが鼻で笑うのが聞こえた。
「何言ってるの! 直接ルウトを狙いにくるなんて、どれだけ根性無いのよ。傷も大したことないみたいだし気にする事ないわ」
相変わらずパメラは痛烈だ。
「まあルウト、今日は疲れただろう。取り合えず家に帰ろうぜ。明日は学校中が大騒ぎになるからな! 心の準備はしておけよ、へへへ」
「……うん、そうするよ」
未だに実感が湧かない。自分が本当にあの武闘祭に出て優勝したなんて、とても信じられなかった。
アルと一緒に帰ろうとすると、普通学級の生徒から「おめでとー」や「よくやった!」「スカッとしたぜ」などの言葉をかけてもらう。
一時、囲まれそうになったけど、アルが「明日、明日」と言って事無きを得た。
家に帰り、母さんに武闘祭の優勝を報告する。今日が決勝戦だと伝えていなかったので、一際ビックリしていた。
「どうして教えてくれなかったの! お母さん応援しに行ったのに!」
「だって、負けたら恥ずかしいし……」
「もう、この子ったら」
母さんは笑いながら、僕の頭を撫でて「優勝おめでとう」と言ってくれた。そしてコロにも「お疲れ様」とモフモフして労う。
「そうだ! 今日はご馳走にしましょう」
「え!?」
「だって、ルウトが武闘祭で優勝なんて、凄いことじゃない! お父さんも帰って来たらビックリすると思うわ」
「う、うん」
母さんは着ていたエプロンを脱いで台所のイスに掛け、追加の食材を買うために出かけてしまった。
「お店まで、かなり距離があるのに……」
それだけ喜んでくれたと思えば、悪い気はしないけど。
僕は自分の部屋に行き、倒れ込むようにベッドに横になる。戦っているのは僕じゃないけど、精神的な負担はかなり大きかった。
僕が寝ころんでいる横で、コロがプープー鳴いている。
「コロは元気だね。まだ遊び足りないの?」
「プー!」
僕は重い体を押してベッドから起き上がり、コロを裏庭へと連れていった。
コロは庭を走り回り、地面に穴を掘ったり、生えている草を食べたりしている。その姿を見ているだけで、ほっこりした気持ちになった。
何気なくガラスの板を出し、コロの画像を眺める。
思えば、この不思議なガラスを出せるようになってから様々なことが始まり、何も出来なかった僕が、コロと一緒に色々なことが出来るようになった。
神様が与えてくれた能力には、本当に感謝している。
「ん?」
そんな事を考えていた時、画面の上部に何かあるのに気づく。これは………確か前世では“タブ”と呼んでいたような。
僕はその部分を、指でそっと触れてみた。
すると画面が変化する。コロの画像ではなく、複数の画像と文字が羅列しているものへと切り替わった。
「これは……」
よく見ると、それは今までコロが獲得した能力の一覧のようだ。
[クーパーホーク] [兎ネズミ]
【飛F】 【速F】
[スナアルマジロ] [灰色熊]
【硬F】 【力E】
[火蜥蜴] [ブレイド・ヘラクレス]
【火F】 【刃D】【硬E】
これは分かりやすいと思い、動物の文字の部分に触れてみる。すると動物の画像が展開され、詳しい生態などが書かれていた。
「へー、おもしろいな。兎ネズミは番で生活し、餌の確保は主にメスが行う、か……なるほど、なるほど」
僕が知らない情報なども結構書かれていた。普通に勉強になる。更に【速F】の文字に触れてみると――
「やっぱり! より詳しい情報が開示されるんだ」
【速F】が展開され、【速度 Fランク】になり、簡単な説明文も書かれている。少しづつだけど、このガラスの見方も分かってきたぞ。
僕がガラスの画面に気を取られている時、目を離していたコロが何かを追いかけているのに気づく。
何してるんだろう? と思い近くまで行ってみると――
そこにはいくつもの穴が掘られていて、地面が盛り上がってる箇所もある。穴に向かって飛び掛かるコロ。
どうやら穴の中に何かいるようだ。コロが気を取られていると、別の穴からひょっこり、その動物は顔を出した。
「ハナモグラ!」
この辺りにたまに出るモグラだけど、コロはこれに夢中になっていたのか……。地上に顔を出したモグラにコロが飛びつくと、穴の中へと逃げ込んでいく。
コロがキョロキョロと辺りを見回すと、嘲笑うかのように別の穴から顔を出す。コロは青筋を立て、ムキになって追いかけていた。
その様子を離れた場所から見ていると、ほのぼのした気持ちになってくる。
そう、僕はこういう感じを求めてたんだ。僕は家の側に置かれた廃材に腰をかけ、のんびりと眺めていた。
コロが飽きたら家に入ろう……そう思っていたら――
バシッ! と大きな音がする。ん? と思い見てみると。
コロが穴から出てきたモグラを手で叩き、地面の上に無理矢理出していた。モグラは慌てて土の中に戻ろうとするけど、時すでに遅し。
コロが噛みつき、ムシャムシャと食べてしまった。
「うわぁ、アレがなければ、かわいいんだけど……」
僕は目を逸らし、見ないようにする。食べ終わったのか、コロは僕の元へ来て「かえろー」と言っているような表情で見つめてきた。
「……家に入ろうか」
何とも言えない気持ちで、コロと一緒に家に入る。
部屋に戻ると、さっきの続きをしようとガラスの板を手元に出す。まだまだ発見があるかもしれないと思ったが、そこで目に入った物があった。
「あっ! ハナモグラの名前がある」
モグラも能力を持ってたのか……表記されていたのは【掘E】だ。詳細情報を開くと【掘削 Eランク】とある。
「でも、この能力役に立つかな?」
僕はガラスの板をしまい、コロをもふもふと撫でながら、母さんが帰ってくるのを一緒に待つことにした。




