第1話 転生と卵
僕はもうすぐ死ぬだろう
病院のベッドの上。白い天井を見上げる僕のすぐ横で、お医者さんや看護師さんが慌ただしく動いている。
僕の口や鼻には何本もの管が通され、体には点滴のチューブや心拍数を計る装置のケーブルが、体を縛るように伸びていた。
自由の無かった僕の人生を表しているようだ。
雑多な音も、人の声も、もう聞こえてこない。少しづつ目も霞んでくる。
以前、テレビでニュースキャスターの人が言っていた。「人は天寿をまっとうすべきだ。病気なんかで死ぬべきではない」と。
その人から見れば、十二年と二ヶ月で死んでいく僕は、天寿をまっとうしないで死んでしまう、かわいそうな子供なんだろう。
だけど僕はそう思わない。
短い人生だったけど、それなりに楽しかった。小さい頃から体が弱く、まともに学校に行く事も出来なかったけど、父さんも母さんも優しくて僕はたくさんの愛情をもらった。
母さんは、ベッドから起き上がれなくなった僕のために、タブレットで出来るゲームを用意してくれた。
そのゲームは色々な動物達と友達になって、みんなで一緒に村で暮らしながら少しずつ成長していく、ほのぼのしたゲームだ。
このゲームがあったおかげで寂しくなかったし、オンラインを通して本当の友達も出来た。
僕の人生は今日終わるけど、それは僕にとっての天寿だったんだと思う。
もしも、次の人生があるとするなら――
……どうか神様――
今と同じように……ゲームができる……穏やかな人生を――
………」
……か……ぉい……」
「……大丈夫か? しっかりしろ、ルウト!」
ハッと目を覚ます。視界に入ってくるのは雲一つない空と、心配そうに見下ろす少年の顔だった。
「あ……ああ、大丈夫だよ。アル」
「本当か? 突然倒れるからビックリしたぞ」
僕はアルの手を借りながら立ち上がり、お尻の砂を払う。
親友のアルは金髪のクセッ毛で、お兄さんのお下がりを貰ってるせいか、体格の割にいつもダボッとした服を着ている。
アルが言うには学校からの帰り道、何もない所で僕が突然倒れて、目を見開いたまま動かなくなったそうだ。
それは誰だってビックリする。それにしてもさっきのは何だったんだろう? まるで別の人間の記憶が流れ込んでくるような……。
「ルウト、家まで送っていくよ。おばさんにも、ちゃんと倒れたこと伝えないとな……本当に大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
アルは気弱な僕をいつも気にかけてくれる。明るくて頼りがいがあって、僕とは正反対の性格だ。
夕日が稜線に沈む中、アルと一緒に家へと帰った。
◇◇◇
「ルウトが倒れた?」
「そうなのよ。アル君が連れ帰ってくれたんだけど、倒れた後しばらく動かなかったんだって、本当に心配だわ」
「そうか……明日、医者に診せた方がいいかもしれないな。それにしてもアル君には本当に感謝するしかない」
部屋の扉の向こうで両親が僕の話をしている。やっぱり子供が急に倒れたら心配するよね。
僕は部屋に置かれた、簡素なベッドの上に寝転がり、気を失っていた時のことを思い出していた。
あれは夢なんかじゃない、まるで前世の記憶だ。
僕は一度死んで、この世界に生まれ変わったってことなのかな。まだ記憶が曖昧な部分があるけど僕がいたのは、とても医療が発達した場所だ。
オンラインゲームと呼ばれる遊びに興じ、何よりもそれを楽しんでいた。そのゲームは薄い板、タブレットという機械で行われていたけど……。
「不思議な板だったな……」
僕は夢で見た光景を思い出し、“タブレット”を持ったような動作をしてみた。すると「ブゥンッ」と、聞いた事の無い低い音が鳴る。
「ん?」と思ったが、すぐに異変に気づく。手と手の間に薄いガラスの板があった。
「え? 何これ」
訳が分からない、とにかく透明のガラスの板が自分の手の中に出現し、当たり前のように収まっている。
夢の中に出てきた“タブレット”と同じぐらいの大きさだ。
あまりの事に、しばらく放心してしまう。
僕は恐る恐る、板の表面を指でなぞる。夢の中では「タップ」と呼んでいたはずだ。ツンと指先がガラスに触れると、表面に画像が浮かび上がった。
それは大きな卵の画像で、板の中でゆっくり回っている。
「卵……? どういうこと?」
虹色にキラキラと光っており、とても綺麗だった。
もう一度ガラスの表面、卵の画像を「タップ」してみる。ほんの一瞬、ガラスの板が光ったような気がした。
間を置かず、「ボトッ」と音がする。
「ん?」
見るとベッドの上に何か乗っている。それは虹色に光る大きな卵だ。手に持ったガラスの板に目をやると、さっきまであった卵の画像が消えていた。
非現実的な光景に言葉を失う。夢を見てるんだろうか?
僕がオロオロしていると、ベッドの上の大きな卵にヒビが入った。
「え、え、え、何か生まれるの? ここで!?」
どうしていいか分からず、ただひたすら狼狽えていた。卵はパリパリと音を立てながら、どんどん割れていく。
殻が大きく割れた箇所から、何かが覗いてきた。
「プー」
「え?」
卵の殻がパックリ割れ、その生き物の顔が出てくる。クリクリした大きな目に、モフモフとした毛並み、愛くるしい見た目の動物だ。
「か、かわいい……!」
何だろう、犬のような猫のような、あるいは前世の記憶にあるハムスターのような生き物だ。あえて言うならハムスターに近いだろうか?
とにかく見たことの無い動物だ。殻から完全に出てきた姿は体長四十センチ程、手足は短く、甘えた表情でこちらを見つめてくる。
「プゥーッ」
「君は、本当にこのガラスの中から生まれたの?」
「プウ?」
あどけない顔で見つめ返してくる。あまりのかわいさに心がほっこりしてきた。この感情は前世でやっていた、ゲームの楽しさと同じだ。
その時、僕はふと、気づく。
あの記憶が本物なら、僕は前世で死ぬ間際、神様に次の人生でもゲームがしたいと望んでいた。その希望を叶えてくれたんじゃないかな?
だとしたら、この不思議なガラスの板も神様が与えてくれた能力なんじゃ……。
僕はベッドの上でちょこんと座る動物を両手で持ち上げた。体はコロコロと丸みを帯びて、短い尻尾を揺らしている。
「僕はルウト、君は……“コロ”、コロコロしてるからコロだ。よろしくね」
このかわいい動物が、本当に神様からの贈り物かどうかは分からないけど、大事に育てようと思った。
それが、後にとんでもない事になるとも知らずに。




