翌日、病院──4人【嘘】
少し眠ってから目を覚ますと、三枝から連絡が入っていた。
菱本はそもそも身体が弱っており、後遺症の有無も含めて検査入院をすることになったらしい。これも母親からの連絡の様で、会うのは問題ないので良かったら来てほしい、とのこと。
菱本と母親は現在ふたり暮らしだが、昔からどこか距離があった。おそらくどうしていいのかわからず、話を聞いてほしいということなのだろう。
「俺は行くが、どうする?」と言う三枝からのメッセージに、「行くよ、何時?」と返す。菱本や家族の負担にならないように、一般面会時間の一時間前である16:00に病院に行くことになった。
直後、武志は渉に連絡を入れた。
事情を伝えていないこともあり、電話を掛ける。武志が『菱本が薬物を大量摂取したが、命に別状はないこと』から順を追って説明するのを、渉は電話口でただ黙って聞いていた。あまりに黙っているので、通信が途切れているのでは、と武志が疑うほど。
「どうする?」
「どうするって……行くよ」
「迎えに行こうか」
「いや、いい。 ああ…… 帰りだけ送ってくれないか?」
「わかった」
表情は当然見えないが、電話口の渉は妙に落ち着いていた。
──16:00。
三枝と武志は菱本の家族に挨拶をし、入れ違いで病室へ入る。
渉はまた、少し遅れるらしい。
「よう、迷惑掛けたな」
なにも無かったかの様に、菱本が言う。いつもと同じ、抑揚のない口調にふたりは微妙な笑顔で返した。
正直、なにを話したらいいのかわからないのは家族だけではない。ふたりも同じだ。
そこへカーテンの隙間から、捲る様に渉が入ってきた。どうやら遅れる、というのは菱本の家族に気を遣うのが嫌だっただけの様だ。
「……コレ、返すわ」
渉は懐から例の小瓶を菱本に投げて寄越す。しゃらり……あの時と同じように無機質な錠剤の音。蓋は開いていない。
「なんだソレ……」
三枝が怪訝な顔で口を開いた。
「ビタミン剤だよ、ただの」
実際、それはただのビタミン剤だった。
渉は馬鹿にしたように菱本へ言う。
「お前、間違えて渡したんだろ?」
「……」
菱本がなにかを言うよりも先に、渉は続けた。
「お察しの通り、俺には飲む勇気なんかなくて、調べた。 馬鹿だなぁ菱本……ソレで自分が間違えて飲んでりゃ世話ねぇな」
「「「……」」」
三人は渉の一人芝居を黙って見ていたが、菱本が堪えきれずに吹き出した。
「ああ……とんだ間抜けだ」
「お前向いてねぇよ、医者なんて辞めちまえ」
「……そうだな、それも良いかも……悪い、皆……迷惑掛けたな。 特に、サエには」
「──いいさ……別に」
だが2度目は勘弁してくれ、正直重かった……と三枝がぼやくと皆、笑う。
全員が渉の嘘をわかっていながら、それに乗っかる形で。
それは欺瞞かもしれない。
ただ、優しい空間だった。
──確かな居場所。
もうとうに、日常とは言えないけれど。
そこからどうでもいい話を少しして、「また」と別れた。
「……やめろよ、渉」
「なにが」
「菱本に輪を掛けてでかいお前なんか、俺処置できねぇからな?」
「ははっ……言ったろ? 俺はああいうの飲めないんだって」
そんなやりとりの後、渉は武志の車に乗る。先に発進した三枝が右手を上げて挨拶をしてくるのに、武志と渉も応じた。