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長い秘密  作者: 砂臥 環
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1週間前──居酒屋①【3人】

 ──1週間前。


 街に灯りが(とも)る中、武志はいつもの居酒屋を目指し、繁華街を歩いていた。


 もう大分LEDにとってかわられた筈の外灯も、この時間帯から夜にかけては赤くくすんでいるように感じられる。なにもかもが目まぐるしく、或いは緩やかにであれ確実に変化を遂げているというのに、それはまるで変化がないようだ……そんなことを思った己の謎の詩的さに、武志はふ、と口の端を上げた。

 まだ時折大学生に間違われる程、武志はどこかあどけない。もともと童顔だというのもあるが、悪く言うなら彼の頼りのなさや、どこかフワフワした様なところがそんな印象を与えるのだろう。



 (はま) 武志(たけし)、32歳。役所に勤める公務員だ。同棲している竹中(たけなか) 美鈴(みすず)とは、今日会う予定の4人と同様に高校からの同級生である。




「タケ! こっちこっちー」

 

 人懐こい笑顔を向けて、奥のテーブル席から三枝(さえぐさ)が子供のように手を振る。手にしていたスマホを杜撰にポケットに突っ込むと、武志はそちらに軽い足取りで歩みよった。


「相変わらずだなぁ、サエ。 あれ? まだ頼んでないの」

「相変わらずなのはお前の方だろ? まだ坊っちゃんみたいな顔しやがって……羨ましい!」


 三枝は自らの薄くなった頭を叩いて道化た後、コートを脱ぎながら隣に座ろうとする武志の為に、ハンガーをとり身体を壁際に寄せる。


「時間ピッタリに来るとこも相変わらずだ……ピッタリに来るってわかってんのに、ちょっと早く着いた位で飲み始めるわけないだろ?」


 菱本(ひしもと)はそう言うと、店員に生中ふたつとレモンサワーを勝手に頼み「どうせ最初はコレだろ?」とふたりに向けてニヤッと笑った。

『注文も相変わらず』という直接的でない彼の冗談に、三枝と武志は「相変わらず!」と口を揃える。まだ素面だというのに、3人は爆笑した。


 くだらないやりとりの応酬。 つまらないこだわりの披露。

 そんなことひとつで、いくらでも笑い合える。


 皆が等しく学生だった時分とは違い、それぞれが別の道を歩んでいる。当然ながら培ってきたもの、経験、立場や置かれた状況に応じて()()も変化していった。話題も年齢に応じて変化していき、職場や生活の悩みも不安も……互いに踏み込めないラインを探り合うことすらあった。

 その中で『変わらないものもある』と信じたい気持ちがそうさせるのか、このノリだけは変わらない。


 それは、時に滑稽な程に。




(わたる)は?」


 最後の一人がこないまま乾杯を終えて、飲み出してから武志は彼の名を出した。


「ああ、アイツは『遅れそう』って予め連絡があった」

「それも相変わらずだなぁ」


 渉こと、天城(あまぎ) (わたる)はそれなりに堅い仕事に就いているこの面子の中で、唯一のフリーターだ。美鈴の幼馴染みでもある彼は「フリーターなのは役者を目指しているから」と言えば信じてしまう程度には、体格もよく華やかな顔立ちをしている。

 穏やかで流すのが上手く、他人に嫉妬する事など滅多にない武志が、高校の頃唯一嫉妬した相手でもある。……ただし、美鈴に関してであり、最終的に彼の背中を押したのも渉なのだが。


「アイツもふらふらしてねぇで、いい加減定職に就きゃいいもんを……大体甘えてんだよ、いつも」


 ビールを飲んだ息と共に吐き捨てるような、その台詞に含まれる複雑なものに気付かないでいれるほど、浅い付き合いの間柄ではない。


 渉は明るく人懐こい反面、衝動的で尖ったところがあり、天の邪鬼でひねくれたジョークを好んで使う。彼の魅力でもあるそんな部分は、他人の劣等感を刺激する面も併せ持っていた。

 特に真面目で優等生気質の三枝は、学生時代からふたりよりそれを強く感じているフシがある。社会的優位に立ったことでそれは更に複雑さを増していた。また、三枝だけが家庭を持っていることや、彼が教師であることもそれに拍車をかけているようだった。


「一括りにそういうこと言うなよ。 それぞれの……渉には渉の事情や考えがあるだろ」


 こういうとき武志と菱本は、やんわりと渉のフォローにまわるか、三枝を軽く嗜めるか、或いは曖昧に流すのが常だ。

 思いもよらず強い口調で菱本がそう言うので、一瞬、場の空気にピリッとしたモノが走る。


 武志はそれに気付かないフリを決め込み、いつもののんびりした調子で言った。


「サエと渉も相変わらずだよなぁ……あの頃も喧嘩ばっかでさ。 でも渉は結局、一番先にサエに連絡するんだよね」


 武志のその一言に、無表情だった菱本は「確かに」と言って吹き出し「やっぱり相変わらずだ」とくつくつと笑う。


「俺が一番早いってわかってるからだろ……」


 三枝は空気の戻ったことへの安堵からかビールを一口飲んでそう言うと、苦虫を噛み潰した様な中にどこか満更でもなさそうな表情を見せた。




 まだここにいない渉を含め、4人は絶妙なバランスで成り立っていた。高校での出会いから今までと……それなりの期間を経てそれぞれ個々で繋がりを持ち、密な友人関係を築き上げてきている。


 面倒見はいいが、理屈っぽく独善的なところのある三枝。

 クールで近寄りがたい空気を醸す菱本。

 人懐こい風でいて、人を選ぶ気質の渉。

 そして、誰とでも仲良くできるが他人への関心が薄い武志。


 4人が4人共に『特定の友人』ができにくい性格であることが、そのひとつの要因と言えた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。独立した作品としても、かわかみさんの作品とパラレルで読むにしても・・・ >それは、時に滑稽な程に。 この一文が、まるで行間の海を漂っているかのように感じられ、妙に惹かれます…
[一言] 何だか武志にメッチャシンパシーを感じてる私がいます( ˘ω˘ ) そして絶妙なバランスで成り立っている人間関係というのも凄くよくわかります。 砂臥さんはこういう微妙な人間関係を描くのがお上手…
[良い点] >誰とでも仲良くできるが他人への関心が薄い 凄い! (∩´∀`)∩ 全くこのキャラが書ける気がしません。仙人みたいな感じですかね? (;'∀')
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