表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅のジェラール  作者: ローリング蕎麦ット
96/244

第九十四話


 アヴランシュの町に、一頭の馬が駆け込んだ。


 馬上にはジェラール。


 最短距離で、一軒の旅籠へと突っ込んでいく。


 軒先で馬から下りれば、店内へと踏み込んだ。


 その剣幕に、店主らしい男がぎょっとなる。


「店主さん、こちらにギィという方が滞在していると伺っているのですが」


「ギィさん……ああ、はいはい。ええ、いらっしゃいましたが、確か二日前かな? 急に出ていかれましたよ」


「どこへというのは、分かりませんか?」


「南……だったかな、なんだかそんなことを言っていた気がします」


「ありがとうございます」


 おそらく、シエクスの町の炎上を掴んで急行したと思しい。


 痛恨のすれ違いに、ジェラールが後頭部を殴打された気分だった。


 もどかしさで心が千々になりそうだ。


 どうすべきか、と逡巡する耳にざわめきが聞こえた。


 表に出れば、人々がある方角を眺めて騒いでいる。


 聖ミカエルの山の方角。


 しかし海を隔てた聖ミカエルの山でなく、こちら岸の砂浜と思しい。


 そこに光が立ち昇っていた。


 まるでそれは天使が翼を高々と広げているような神々しさ。


「ダァトの光!?」


 もう始まっている。


 ユーグとフォルセウスの戦い。


 ジェラールが馬に飛び乗って、再び駆けだした。


 アヴランシュの町は、丘の上に立っている町だ。


 丘を一気に駆け下れば、すぐに潮風が身を叩く。


 聖ミカエルの山が望める砂浜である。


 馬首を巡らせて、光が揺らめく方角へと駆けに駆けた。


 そして見えみてくる。


 対峙するふたつの影。


 フォルセウスとユーグ。


 交錯するふたり。


 そして左腕が両断された。


 フォルセウスの左腕。


 肩から切り離されたそれが、くるくると血を飛沫いて宙を舞う。


 背中を向け合うフォルセウスとユーグの剣勢は、ユーグが先に転じた。


 フォルセウスの心臓を狙っている。


「おおおおおお!!」


 そこへ、ジェラールが馬を突っ込ませた。


 突っ込んでくる馬を、ユーグは剣の一振りで上下に分割してしまった。


 その隙に、中空に身を投げたジェラールがフォルセウスの隣に立ち、支える。


「フォルセウス様! ご無事ですか!?」


「く……抜かったわ。奴の迷いを正してしまった」


 マナの要穴を衝いて、左肩から噴き出す血の量をなんとか抑えながらフォルセウスが呻く。


「今しばしお休みください。私が……」


 言いながら、ぐっとジェラールが歯を食いしばる。


 ギィがいなくては今の自分に、果たして何ができるというのか。


「……フォルセウス様、逃げましょう」


「逃がしては、くれぬさ」


「そうだ」


 二振りの剣を両手に構えた血みどろの痩身が、フォルセウスとジェラールの前に立っていた。


 ダァトを双つ、自分のものにした完璧なたたずまい。


「お待ちください、ユーグ殿! もうフォルセウス様は戦えません!」


 かばうようにジェラールが前に立つ。


 ユーグは虫でも見るような双眸。


「だから、どうした」


「……ならばもうあなたの勝ちで幕引きでよろしいでしょう」


「いいや、そいつを殺し、縁を断つ。棄てさって、俺はまた前に進む」


「棄てる……」


 かつての自分を突き付けられるような錯覚で、ジェラールが顔をしかめる。


 人間性を棄て去り、ベルフェゴール式の剣士としての強さを得た。


 ユーグがしようとしているのは、同じことなのだろう。


「去れ。お前には興味がない」


「……私が、」


 深い呼気。


 意を決するように、言葉を放つ。


「私が十年前、あなたを斬ったベルフェゴールの使徒だとしてもですか?」


「なに?」


 ユーグが瞠目する。


 唇を閉じる事すら忘れて、ジェラールへと視線を突き刺し続けた。


「馬鹿な……しかし……」


 十年前のジェラールは髪も長く、最低限の栄養しか摂取していない痩身。


 死魚の双眸をたたえてこけた頬、乾いた唇。


 何よりも、人としての機微を絶無とした面貌は幽鬼と見まがう異形であったはずだ。


 溌剌として精力的な今のジェラールをそうと見分けがつかぬとて無理なからぬものだった。


「……面影は、ある。だが、だが死んだはずだ……」


 目に見えてユーグは困惑していた。


 恐れおののき、そして畏敬をすら向けた男が。


 よりにもよって棄て去った黄天派の技を使う教会者として立っている。


「フォントノワの戦いの後、私は教会の方に拾われて生き延びました。そして洗礼を受けて神の恩寵に生きることを許されたのです」


 十字を切るジェラールに、ユーグの顔がみるみる赤みを増していく。


 怒りが、募っていく。


「ふざけるな! お前を……お前の強さを目指した俺は……それでは俺の越えるべき剣は、どこにいった!」


「もうあなたを斬ったベルフェゴールの使徒は、死にました」


「ふざけるな!」


 灼熱の剣気がジェラールを圧倒してくる。


 常人ならば、それだけで気を失いかねぬ圧力。


 それをジェラールは息をこらえて耐える。


「剣を構えろ! あの時のベルフェゴール式剣術を使え! 俺と戦え! 俺に斬られろ! 俺に……あの過去を越えさせろ!」


「……使えません」


 絞り出すようなジェラールの声。


 心底の苦しみを何とか言葉にしたようだ。


 ユーグの怒気が増していく。


「私は、教会者としてベルフェゴール式の剣術が封じられているのです。どうか、どうか時をください。必ずあなたの元に参ります」


「ふざけるな! ふざけるな!!」


 ユーグは心の中にそびえたつ、畏怖する何かが壊れるような音を聞く。


 気づけば、双剣を突き出していた。


 防ぐのも避けるのも不可能な迅雷の剣速。


 ひきつったジェラールの顔が、しかしぐいと遠のく。


 ぞぶり


 しかし肉を貫く感触がユーグに返る。


 フォルセウス。


 どさと、立ち位置を替えるために引かれたジェラールが砂浜にしりもちをついた。


 そして双つの切っ先が突き出ているフォルセウスの背を見上げることになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ