第九十二話
立ち昇るような双つの斬撃を、フォルセウスは馬上よりただの一振りで迎撃する。
剣が打ち合う、高く澄んだ音。
そして両者が剣に纏わせるマナとオウル輝きが、弾き合って空に散って溶けてゆく。
ユーグが剣圧で大きく後退。
同時に馬も剣勢に耐えられず、その両足を折って倒れてしまった。
フォルセウスが馬をねぎらうようにひと撫でして降りた。
砂浜で対峙するふたりの間を、蠅の羽音めいた不気味な空気の振動が満たす。
ユーグの剣。
剣尖が極微細に振動する双振りの剣の異音である。
触れたものをずたずたにするベルゼブブ式剣術における奥義だが、フォルセウスが剣に纏わせるマナは分厚過ぎた。
剣の実体にまで届かないのだ。
ふたつ目のダァトに到達し、これを破れると踏んでいたユーグだが、聖ミカエルの外套を装備しているフォルセウスには通じないらしい。
羽音めいた振動が、止んだ。
フォルセウスのマナごと、一直線に両断するしかあるまい。
そんな鬼気を伴った決意がユーグよりにじみ出てくる。
フォルセウスはただ、悠然と剣を構えた。
赤天派の剣術に小細工も曲技もない。
堂々たる剣風で敵を滅ぼすのみだ。
ユーグの背から、ふたつのダァトの光が溢れてゆく。
それはまるで天へと伸びてゆく天使の翼のよう。
満ちてゆくその輝きは、即ちユーグが高めている剣気と同義。
光の翼の広がりが止まった時、最高潮と成ったということだ。
フォルセウスもまた、心気を整える。
頭上のダァトが、輝きの深さを静かに増してゆく。
ダァトをふたつ以上抱えた戦いは、それを制御する精神の戦いでもあった。
修道士として心を整える修行を続けている己に分があるとフォルセウスは理解していた。
やがてユーグの光の翼は、巨人が両手を広げたほどに到達し、止まった。
ゆくぞ
そんなユーグの言葉が、聞こえる一瞬があった気がした。
フォルセウスが、威厳に満ちた一振りを横薙ぎに放つ。
ユーグが消えた。
「!?」
フォルセウスが先に剣を振るい、そこにユーグが突っ込んだ形。
目にも留まらぬ動きで踏み込んだユーグが、緊急で身を翻す。
フォルセウス眼前の砂浜が、その足運びで爆ぜた。
砂の土砂降りが降り注ぐ前に、赤天派の突き技が明後日の方角へと差し出される。
ユーグが、身をよじる気配。
ぶしゅ、と血が舞い散る砂に吸われていく。
肩。
肩を貫かれるのは免れたが、肩を裂かれたユーグが砂浜を低い姿勢で足を踏みしめている。
不格好な剣勢に陥っている状態。
一太刀、雄渾なフォルセウスの剣が振り下ろされる。
それを双つの剣が、交錯するように受け止めた。
ぎぢり、と押し付ける刃がどんどんユーグへと迫りくる。
その顔には、困惑が透けて見えた。
「何故だ……俺の速度を、見極めているのか……」
「いいや」
「では何故俺の動きを……!?」
「お前のオウルは、未だ不安定すぎる。乱れた心が漏らす殺気で、どう動くかなど明白だ」
断、とフォルセウスが剣を振り下ろす。
双つの刃ですら軌道を逸らせず、ユーグはばさりと胸を切り裂かれながらかろうじて離脱した。
砂浜に片膝をつき、信じられないものを見る目でフォルセウスを睨みつける。
「気持ちが悪い、と言っていたな」
剣を構えなおし、フォルセウスが静かに言葉を放つ。
「ひとつめのダァトを会得した時を思い出すがいい。むしろ逆だったはずだ」
マナの修行に成功すれば言いようがない心地よさに包まれる。
全身の要穴をマナが快く巡る快美な感覚は無上の法悦。
それはオウルでも同じだった。
つまり順当にいけば、ふたつめのダァトを獲得すれば更なる境地にひたれるはずだ。
しかしユーグは憔悴した顔で気持ちが悪いと連呼をする。
フォルセウスには、それで直感していた。
「お前はダァトを扱いきれていない」
「……そうか」
ユーグが静かに立ち上がる。
そっけない返答。
だが何かを悟った光が瞳に宿っているのをフォルセウスは見逃さなかった。
「扱いきるための方法は、分かっている。いや、理解せずに分かっていた、とで言うか」
その双眸が、フォルセウスを睨みつける。
「今の完成しているお前を斬れば、俺は完成するのだな」
「完成して勝てる相手に、完成するために挑むか」
ふたつの意味合いを、フォルセウスは察する。
ひとつは、格上を相手に修行して壁を越える意味合い。
ひとつは、完全なフォルセウスを切り裂いて恋の因縁を全て清算する意味合い。
「メルルナを手に入れて、完全なお前に勝つ」
「完全な俺に勝ち、メルルナを手に入れるために戦えばよかったのだ。お前ならばできたと、今ならば思う」
哀れみがフォルセウスの声に響く。
それがまるで頭痛を誘うように、ユーグは顔をしかめた。
「黙れ」
「お互いに、手遅れが過ぎた。だがお前だけは間に合わせる。お前を止める」
「黙れ……!」
弾かれるように、再びユーグが斬りかかる。




