第九十話
「ジェラール殿、あなたが導師ユーグに勝つ手立てはないのですか?」
セドリックの双眸は、すがるようだ。
その想いに、答えてやれる確証はない。
ジェラールは、小さく呻くばかりで何も答えられなかった。
セドリックが、悲し気に首を振る。
「では、勝てぬまでも生き延びる手立ては……ありませんか?」
「……それは、私とてそのもつりです」
空虚な会話だった。
メルルナを手にかけるに至ったユーグと対峙してどう生き延びるというのか。
だがそれでもその空虚に、実を詰め込もうとセドリックがアスモデウスの護符に視線を注いだ。
「その護符は、やはりまだ受け取れません」
「……」
「生きて戻り、そしてお返しください」
ジェラールが、瞑目する。
深く、深い呼気。
アスモデウスの護符を握る指に、少し力がこもった。
「……分かりました」
「メルルナ様は、最後にあなたとララに目をかけておられた……」
羨望が響いていた。
だがそれ以上に、メルルナの期待がセドリック自身のものとしている風でもあった。
メルルナと共に、ふたりの成長を楽しみにしたがるような。
だがそのメルルナはもういない。
故に、
「もうそれが本当に、最後なのだ……」
うなだれるセドリックの姿は、失う悲しさに満ちた老人のようだった。
ジェラールが十字を切って、心の中で神に祈りを奉げた。
この男が、どうか救われますようにと。
そんな折だった。
ひとりのアスモデウスの使徒が飛び込んでくる。
「大変です、フォルセウスが消えました!」
「なっ!?」
「馬も、馬も一頭消えています!」
「しまった! セドリック殿、馬を一頭お借りします!」
ジェラールが慌てて執務室から飛び出す。
先を越された。
討論ではらちが明かないのを察して、寝たふりで出し抜かれたわけだ。
だがユーグがどこにいるのか分かるのだろうか。
そう考えて、頭を振る。
ユーグは、北へ向かっている。
聖ミカエルの山。
そこにある聖ミカエルの外套さえなければ、直近で比肩する実力者がいなくなる。
ふと、本当にそんな打算的な行動だろうかとジェラールは思った。
なんとなく。
本当になんとなくだが、もっと、感情的な。
例えば、そう、恋敵に憎しみをぶつけに行くような。
そんな稚気が脳裏をよぎる。
まさかな、とジェラール自身苦笑をした。
しかしフォルセウスとユーグにしか通じない何かがあったとしても不思議には思わない。
それがふたりを結んでしまう、確信のようなものがあった。
だから今、ジェラールは急いで馬を引っ張り、騎乗するのだ。
そして北へ。




