第八十七話
それはようやく零れたフォルセウスの弱音だった。
ジェラールとて、フォルセウスに答えを示せるわけではなかった。
フォルセウスもまた、ジェラールに答えを求めての言葉ではない。
ただひたすらに叶わぬ恋に苦悩して、何もかもが掌から滑り落ちた後に残ったのがこの言葉でしかない。
「聖ミカエルの山の修道院長とて、この程度なのですね」
それこにララの嘲笑が突き刺さる。
「メルルナ様も欲しい、教会者としての体裁も繕いたい。その中途半端で手に入ると思うなど、女心を侮らないでくださいまし。全てを棄ててでも、メルルナ様だけが欲しいと言えばきっと……きっとメルルナ様とて……」
静かな怒りだった。
それを受けてフォルセウスが軽くひるんだ。
剣の戦いや、神と悪魔の説法ならばララなど問題ではない。
だが事、女心という領分でララはフォルセウスを気圧すだけの意気があった。
「私は……聖ミカエルの山の修道院長だ」
「それ以前に、フォルセウスというひとりの男でございましょう」
「神に従僕すると誓った」
「そう、メルルナ様ではなく神を選んだ。選んでおきながら、メルルナ様を手元に置きたがる不埒。それで女を振り向かせられるとお考えであられたならば、ひとりの女として申し上げさせていただきますわ」
もはやフォルセウスはララを直視できずにいた。
それでもなお、逃げずに耳を傾ける。
「神にもメルルナ様にも、あまりに不誠実」
誰よりも逞しく立派な威風を備えた聖ミカエルの山を預かる修道院長は、瞑目してその罵声を噛み締めた。
そして、ずがんと頭を地面に打ち付ける。
額を流血させながら顔を上げた。
「私が間違っていた」
「フォルセウス様……」
「私の罪は三つ。ユーグに対する嫉妬、メルルナに対する色欲、誓った道にすら背いた優柔不断。私は……かつて決めたはずなのだ。メルルナを、私が斬らねばならぬと」
流血をぬぐいもせず、フォルセウスは在りし日の己を思い返す。
「それを嫉妬と色欲で忘れてしまっていた。貴様らの舌鋒で、臓腑に効いたぞ」
「神を棄ててメルルナ様を娶る道は、なかったと?」
「私は、私をここまで育ててくださった神の教えを棄ててはいけない。そして、それを堂々と貫く道の中にこそ、メルルナを救い出す術を見出すべきであった」
「……メルルナ様は、そんなものになびく御方ではございませんでしたわ」
「ならば斬るべきだった。全ての悪魔の徒が回心するとは、私は思わん」
フォルセウスの鋭い眼差しがジェラールを射貫く。
それを否定する気はなく、ただ黙然と受けるのみだ。
「私の妄執を糺した礼は言おう。感謝する。せめてもの償いに、貴様らを誅滅はせずにおく」
「まぁ、未だ傷が癒えておいでではないのによくもおっしゃいます」
「貴様らが私を殺そうと思うならば、とっくに殺している。できないのであろう」
ララが恨めし気にジェラールへ視線を送った。
ジェラールからの懇願がなければ、憎き聖ミカエルの山の修道院長など殺してしまっている。
どうしてもジェラールは、フォルセウスが必要だと言い募ってかばうのだ。
フォルセウスは、全てを見透かしている言う。
「私をユーグにぶつけるためであろう」
「……ぶつけるというのは、語弊があります。私はフォルセウス様に、ユーグ殿を止めて欲しいのです」
「聖ミカエルの外套だな」
ジェラールが、小さく頷いた。




