第八十五話
聖ミカエルの山の修道院。
その奥にある庭でユーグと話をしていた。
「また逃したな……」
「あの毒のせいだ」
「お前でも、まだ耐えられんか」
「ああ。だが以前よりも持ちこたえられている。次は、もっと近づけるだろう」
フォルセウスが自身の握り拳を見下ろす。
ふっと、それを見つめながらユーグが苦笑した。
「流石だな。お前の強さが、うらやましくなる時がある」
「俺はお前と互角だろう。毒の耐性ならば、むしろ黄天派の薬学の方が可能性があるんじゃないか?」
「そうではない。心の強さのようなものだ。俺は、お前のそれに適わんと尊敬しているのだぞ」
「なんだ、急に。あの魔女にあしらわれて気落ちしているのか」
「……そうかもしれんな」
ユーグが、深い呼気を零す。
物憂げな、呼気だ。
「俺も、あの魔女にもっと近づけるかな」
「このまま修行を続ければ、絶対に追いつく。悪魔の使徒に好き勝手させぬために、俺とお前で絶対に追いつかねばならんのだぞ」
フォルセウスが、力強くユーグの肩を叩いた。
眩いほどの使命感。
その太陽のような光に、ユーグが目を逸らした。
「そうだな……」
「自信なさげだな」
「……追いついて、どうする?」
「どうする、とは?」
困惑するように、フォルセウスが聞き返す。
「追いついて、斬るか?」
「……当然だろう。相手はアスモデウスの使徒だぞ」
一拍だけ、間が空いた。
ユーグの瞳は、心の底を見透かしてくるような迫力があった。
「そうだな……相手は、アスモデウスの使徒だ」
ユーグが、視線を外す。
遠い、遠くを見つめるような眼差し。
誰を思い描いているかは、フォルセウスにも分かる。
色欲の悪魔を奉ずる魔女メルルナ。
教会の不俱戴天の敵。
ならば斬ると言うしかあるまい。
「だが斬る以外の選択肢があるとすれば……お前はどうする?」
ユーグの本心は、フォルセウスには薄く伝わっていた。
恋心。
フォルセウスとユーグは、メルルナとの因縁を駆け回っていたと言ってよかった。
即ちそれは青春だったと換言すらできる。
追い詰めるべき魔女に対する、許されぬ恋など。
明らかにできるはずがなかった。
だがそれでも。
フォルセウスとユーグの間には、お互いに見えてしまっていた。
それは、違えようなくフォルセウス自身にも芽生えているものであるが故に。
「斬る以外の選択肢など、ない」
それでもフォルセウスはそう断言をした。
己の、迷いを断つような言葉の強さだった。
ユーグという友であり、好敵手がいるからこそ。
その迷いを断とうと、己を強くできた。
ユーグという男に、負けぬように。
そんなフォルセウスに、ユーグは遠くを見つめながら微かに頷くばかりだ。
「お前はどうなのだ。ユーグ、お前は……その、斬る以外の選択をしたいのか?」
「……さぁな」
……そうだ
とフォルセウスには聞こえた。
狂おしいほどのユーグの気持ちが、切々とその背から伝わった。
この男は、メルルナを殺せまい。
俺がやるしか、ないだろう。
そう思い至った時、その夢から目覚めた。
フォルセウスが身を起すと、薄暗い洞窟の中だった。
少し離れたところに、寝かされている者が多数いる。
あの火災から逃れたアスモデウスの使徒と、シエクスの町人だ。
そしてそれを世話している者達。
「おはようございます」
声がかかる。
ジェラールが、片膝をついて覗き込んできていた。




