第八十二話
フォルセウスの剣の威勢は、町を燃やす炎を凌ぐほどだった。
ジェラールの剣では、十手と保たずに心臓を貫かれる剣勢である。
しかしジェラールを守るようにメルルナが剣を振るい、どうにか均衡を保っていた。
いや、均衡どころではない。
むしろこちらが圧している。
ジェラールは舌を巻く思いでメルルナの援護に愕然とした。
ジェラールの黄天派剣術を、メルルナがアスモデウス式剣術で補ってくれているからだ。
ララの報告と演武。
たったそれだけで、剣術で応用した相乗に近い実践をしてのけているのだ。
まっとうに評価すれば、メルルナはフォルセウスに一枚落ちる。
ジェラールの黄天派剣術に至っては三枚は落ちていた。
これではメルルナに助力するどころか、足を引っ張るはずだ。
それを渡り合う状況に落とし込む。
フォルセウスもまた瞠目して剣を振るっていた。
ジェラールとメルルナのふたりがかりでも、十分あしらえると計算していたのだろう。
「まぁフォルセウス様、腕が鈍りまして?」
さらにそこにメルルナの揺さぶりが加わる。
「それともわたくし達ふたりの呼吸がぴったりすぎるかしら? ねぇ、ジェラール様?」
剣を構えて肩を並べるジェラールの頬にメルルナが口付けをする。
それにフォルセウスが眉をぴくりと動かした。
「わたくし達聖ミカエルの山から脱出した後はもう昼も夜もなく愛し合って、お互いのことをよぉく理解し尽くして心まで通じ合っておりますもの。ねぇ?」
「ちょっ!? メルルナ殿!?」
さらにジェラールの股までまさぐるメルルナ。
フォルセウスの神経を逆撫でしようとするのは分かるが、、実際に触られてジェラールは身をよじらせる。
そのメルルナの腕へと、フォルセウスが刃を振り下ろす。
その顔は凍り付いたような無表情だが、狙いからやはりメルルナに対する独占欲が見え隠れしていた。
ぱっと、メルルナが踊るようにそれを躱してはジェラールと二方向から攻め立てる。
左から黄天派剣術、右からアスモデウス式剣術。
精妙に絡み合う剣の檻に囚われてフォルセウスが呻きながら対処する。
「こうして赤天派剣術と黄天派剣術とアスモデウス式剣術がそろうと、あの頃を思い出しますわね。いつもフォルセウス様とユーグ様に追いかけられて、わたくしいつもどきどきしておりましたわ」
「……」
「あんな風に熱心に追い求められて悪い気のしない女はおりませんもの。そして結局、おふたり共の鉄ではない雄々しくって熱くて固ぁい立派な剣をお腹の中に挿し入れられて……うふふ、けれどフォルセウス様よりもぉ、ユーグ様の方が上手でぇ優しぃ手つきでぇとぉっても気持ち良くしてくださったかしらぁ」
「黙れ!」
ユーグを引き合いに出されて、いよいよフォルセウスの剣筋が火山の噴火さながらに激しさを増した。
だが直情が過ぎている。
その剣筋を読んでいたように、メルルナが飄逸な身ごなしで逃げれば大きな隙ができた。
そこをジェラールが攻める。
狙いは丹田。
体内を巡るマナの要穴のひとつイェソドを剣尖で刺し、フォルセウスの力を抑えんとした一手である。
ざくり
確かに、ジェラールの剣はフォルセウスに届いた。
死傷するわけではない傷。
しかし確かにフォルセウスのマナの要穴を抑えた感触がジェラールの手に返ってきた。
これで下半身が萎える。
はずだった。
フォルセウスの剣が、ジェラールの頭部を横薙ぎにする軌道で走る。
見事な剣勢、剣筋。
怒りや恋慕、混沌とした感情が噴出して横溢するマナがジェラールのマナの封印を受けてなおフォルセウスを支えていた。
防ごうとするジェラールだが、剣がフォルセウスの体から抜けない。
筋肉がその刃を掴んで離さぬのだ。
剣を手放して逃れようとするが一拍遅い。
「ジェラールくん!」
そこへメルルナがぎりぎりのところで剣を差し込む。
ばきん
と、メルルナの剣が折れた。
おかげで、フォルセウスの剣が逸れて頬がざくりと裂けるだけに留まる。
しかしフォルセウスは止まらない。
返す刃がジェラールの心臓を狙う。
ジェラールもメルルナも無手。
止められない。
イェソドを封じられてなお烈火の威勢を誇る剣が、ジェラールを完全に捉えた軌道に乗る。
その瞬間だった。
蠅の羽めいた音を伴い、炎を越えて。
飛び込んでくる男がいた。
頭上に光の輪を浮かべた第三の超人。
ユーグ。
フォルセウスとメルルナが、ジェラールに意識を注いでいたその瞬間。
流星のように三者の間を駆け抜けた。
そしてメルルナの首が刎ね飛んだ。




