第七十九話
ふたりとも、徐々にこの町に近づきつつあるのが動向から分かった。
じっと、ジェラールが直近の発見情報に目を注ぐ。
フォルセウスは現在、最短で向かって来た場合この町に二日程かかるの距離にいる様子だ。
ユーグは、一週間前から消息が途切れている。
「ユーグ殿の行方は?」
「分かりませんわ。ジェラールくん達の出発前後でぷっつりと見当たらなくなっていますの」
「ユーグ殿のおかげで、フォルセウス様がシエクスの町に辿り着けなかった、という風にも見えます」
地図を見れば、何度かの小競り合いでフォルセウスの行動が鈍っているのが分かる。
「教会の者が相手になれば、アスモデウスの使徒の手助けもする……ということでしょうか?」
「いいえ」
きっぱりと、メルルナが否定する。
その明瞭さに、ジェラールが少し面食らった。
「導師ユーグは、わたくしが再びフォルセウス様の手に落ちるのを厭っているだけですわ」
「……アスモデウスの使徒というくくりではなく、メルルナ殿への恋慕ということですね」
メルルナが頷く。
少しだけ、ジェラールに違和感がよぎる。
それを上手く言葉にはできず、メルルナの表情をうかがうが……読み取ることはできなかった。
「えっと、では、もしかすると今度はユーグ殿がメルルナ殿をさらってしまう、とか」
「……そうですわね、」
メルルナが、ジェラールの発想に少しだけ言葉を濁す。
「それに近いことを、考えておいでかもしれませんわ」
「では……」
「……今日さえ過ぎれば、わたくし達はもう動きます」
メルルナが、強い口調で言った。
「儀式が終わりは明日の未明になるでしょう。そのまま、わたくしと側近で移動を開始しますわ」
フォルセウスからも、ユーグからも逃げきるという断固たる意志を感じさせる声である。
その言葉に気づかぬうちにジェラールの中の違和感は流れていった。
「ララちゃん、帰ってきて早々だけど支度を終わらせておいてね」
「はい、メルルナ様」
メルルナとララの視線がジェラールで交錯した。
これからの動向を問われている。
「セドリック殿、私の手紙はお送りいただけましたか?」
「ええ、アヴランシュの町に滞在しているギィという人物へ確かに。驚きましたよ、まさか教皇使節のひとりとは」
教皇使節という言葉に、ララが目を見開いた。
名の通り、教皇が派遣する代理権限の持ち主だ。
そんな人物が兄弟子であるというのならば、ジェラールも現在の教皇レオ四世の門下ということになる。
「……十年前、私はフォントノワの戦いで当時枢機卿だったレオ四世聖下に拾っていただきまして。そういう縁なのですよ」
ジェラールが言い訳めいて苦笑する。
「そんな人の門下が、アスモデウスの導師を助けたとなると……」
「ああ、いえ、そのための措置としても兄弟子の持ってきてくださったものは機能しますので。聖下を煩わせる事態は、最低限のものになると思います。ともかく、私の手紙が兄弟子へ届いたなら……私はアヴランシュの町へ向かうことにいたします」
そう、とメルルナが改めて残念そうな声を出す。
そして姿勢を正す。
「ジェラール様、この度は大変な助勢の数々、アスモデウスの導師として深く御礼を申し上げますわ。この御恩に報いるための尽力は惜しみませぬ」
そしてアスモデウス式の最上の礼をジェラールへと向けるのだった。
メルルナの背後に控えて、ララとセドリックもそれに倣う。
「お気持ちとして、今宵はどうか存分に歓待をお受けくださいましね」
「はぁ……その、お手柔らかにお願いしますね」
「では、どうか夜までお休みくださいまし。ララちゃんも、御苦労でしたわ」
こうして、メルルナの執務室から解放された頃には昼前の時刻へとなっていた。




