第七十話
「ぐあ!」
ダズーが片手で大剣を引き戻し様に斬りかかるが、ララは逍遥とそれから逃げた。
右手がぷらりと垂れ下がるダズーの顔には苦悶。
その様子に喝采が起こった。
隠れていた無法者達である。
ジェラールが、急いで合図を送れば、無法者達六人がわっと捕らわれている女達へと群がり、その縄を次々と解いていった。
「早く洞窟の外へ!」
ジェラールがベルゼブブの使徒達を牽制しているうちに、次々と脱出していく。
その状況にダズーは顔面をどす黒くするほどに怒りに染まる。
「おのれ、おのれ!」
、怒りのまま、だというのに剣理を外さぬ快速の剣技が縦横無尽に翻った。
ずがん、ずがん!
洞窟内部の岩肌を削り取って、礫が飛散する。
右手首を外され、左手一本でその威力と速度だ。
礫を手で打ち払いながら、ジェラールとララが剣から逃げ惑う。
いや、もはや残っているベルゼブブの使徒も同じだ。
狂乱のダズーから、立っている者達は逃げるしかない。
「これはひどいな……」
ついにはベルゼブブの使徒のひとり剣の射程圏内に入ってしまった。
ひぃと短い悲鳴。
それをジェラールが、ぐいと首根っこをひっつかんで引き寄せ剣の範囲から逃した。
そのまま、後頭部をマナ込めて叩けば昏倒。
残りはふたりだ。
「これは、ダズー殿が疲弊するまで手出しできませんね」
「いえ、十分な媚香が揺蕩っておりますわ」
気づけば、洞窟の中に甘やかな匂いが充満していた。
徐々に残っているふたりの動作が鈍くなっていくのが分かる。
ダズーを落ち着かせようとするベルゼブブの使徒へ、ララが走った。
それに気づいて拳が返ってくる。
ばしばし
アスモデウス式掌法と、ベルゼブブ式拳法が打ち合う。
それに、なんとララが競り勝ってしまった。
屈強なベルゼブブの使徒は、力負けしているのに瞠目する。
さらに、ぐわ!と悲鳴を上げて左胸を押さえて倒れ伏したではないか。
媚香で改めて毒を充填した毒掌だったようだ。
しかし胸ではなく拳を打ったに関わらず、こうまで毒に即効性を持たせているのだから威力が増していた。
「ジェラール様、一瞬だけでも構いませんので、ダズー様の動きを止めてくださいまし」
距離を取り、ララが弓を引き絞るように掌を構えた。
一足では届かぬ距離だ。
「分かりました」
残っているジェラールとララに、怒りのまま剣を振り回すダズーが怒涛のように迫る。
目は血走っており、相打ちになろうとも殺してやるという気勢が肌を刺す。
「ダズー殿、こっちですよ!」
ジェラールが、狂乱の刃の前に躍り出る。
狙いをジェラールに定めたダズー渾身の一振りを、俊足が寸前で躱す。
途切れぬ波のように、ベルゼブブ式剣術の技が連鎖し、ぴっぴとジェラールの肌を浅く傷つけていく。
後退、後退、そして突如ジェラールは身を翻して、ベルゼブブの石像に隠れてしまった。
これにはダズーも剣を止めた。
崇拝するベルゼブブの石像を傷つけるなど、例え狂乱状態でもその信仰心が許しはしなかったのだ。
凍り付いたダズーに、ララが唇を舐めた。
びゅう
三十歩を離れた距離で打ち出した掌から吹く、禍々しい音。
するとどうだ、ばしんとダズーの左胸にララの掌の型がつく。
これぞアスモデウス式掌法の奥義のひとつ。
媚香が充満した状況下で、その毒に掌力を伝えて敵を叩く無形の掌打。
ぐらりとダズーの巨躯が傾く。
そして派手な音を立てて倒れてしまった。




