第五話
「巡礼……では、もしや聖ミカエルの山へ?」
「はい、その通りです」
聖ミカエルの山。
西フランク王国西岸部、サン・マロ湾上にある小島である。
かつて聖ミカエルのお告げにより、聖堂が建立したという謂れがある。
以来、有名な巡礼地として訪れる者は後を絶たない。
「わ、わたくしも…聖ミカエルの山へ向かう途中でしたの」
しかし道中、あのベルゼブブの使徒達に捕まってしまったという顛末らしい。
思い出すのもおぞましいといった様子で、少女の手が震えていた。
その手に、己の手を優しく重ねてジェラールが安心させるように声をかける。
「どうか、もうお忘れなさい。私がいる限り、もうお嬢さんには指一本触れさせません」
「ああ、ジェラール様」
感極まったように、少女がジェラールの胸へと飛び込む。
それを柔らかに受け止めるジェラールだが、思いのほか豊満な少女の胸の感触に戸惑う。
優しく引き離せば、少女は寂しそうな顔をしてしまい、軽い罪悪感が去来してしまった。
それを払拭するために、咳ばらいをひとつして問いかける。
「お嬢さん、お名前は?」
「はら、申し遅れました。わたくし、ララと申しますわ」
「では、ララ殿。聖ミカエルの山へ、お供いたしましょう」
「どうか、お願いいたします。ジェラール様、わたくし百人の騎士様に守られている心地ですわ」
そうして、ジェラールとララが旅路を共にすることになった。
ひとまず、大きな街道へと戻る方針である。
というのも、ジェラールとララの行き会った街道は途中途中で途切れるものだ。
寒村か、かつて村があった場所にばかりつながるような途切れ途切れの道なのだ。
しかし森を突っ切り、道なき丘を越えれば聖ミカエルの山まで三日でたどり着けるだろう。
ジェラールは、時間の短縮のために少し無理なこの道を選んでいた。
一方、街を結んでいる街道を使うと、六日に及ぶだろう。
ジェラールは道すがら、警戒を密にしてこまめに周囲を駆け回っては不穏な気配を探った。
その斥候を風のようで、時にララはジェラールが周囲を駆け回ったと気づかぬほどだった。
その日の夜。
ふたりは川のほとりを野宿の場と定めて焚火を起す。