第四話
それから、ベルゼブブの使徒の兄弟を森の浅い場所で並べて寝かせてやる。
「あ、殺めたのですか……?」
ひょこひょこと右足をかばいながら少女が歩み寄ってくる。
その表情は、未だにおびえを含んでいた。
その身を助けながら、ジェラールがゆるく首を振る。
「いいえ、どちらも殺しておりません。しかし兄君はオウルを封じさせていただきました。私のマナで」
オウル。
悪魔を信奉する邪教徒達は、超人的な力を操る。
それはオウルと呼ばれる、人間の内に宿る精気を自在に操れるからだ。
一方、教会の教義の下に修行するもまた、超人的な力を発揮する術を知っていた。
教会の者達が操る神聖な精気を、人々はマナと呼んだ。
「これを外すには、やはり教会の司祭級でなくては無理でしょう」
「すごい……」
少女が天使でも見るような眼で、ジェラールを熱っぽく見つめてくる。
そしてはっと我に返って居住まいをただした。
「あ、あの……助けていただき、本当にありがとうございました」
「いいえ、当然のことをしたまでです。さぁ、ベルゼブブの使徒が目覚めぬうちに参りましょう」
とはいえ、少女の足の傷は深い。
「少しだけ、私に身を任せてくださいませんか?」
努めて紳士的に、ジェラールが少女に語り掛ける。
「え?」
あらぬ想像をしたように、少女が楚々とした所作で恥じらい頬に朱色を差す。
だが満更でもなさそうに、小さく頷いて返せばジェラールが腕を伸ばす。
「では、失礼します」
一言をかけれて、少女の身をジェラールは腕の中に抱えた。
まるでお姫様のような扱いに、少女が短い悲鳴を上げる。
そしてジェラールは、天使のような身軽さで駆け出した。
運ばれる少女は、空を飛ぶような心地である。
景色がぐんぐんと後方に流れて、やがて川のほとりへとたどり着く。
適当な大きさの石の上に少女を座らせれば、ジェラールは足の傷を診始めた。
まず傷回りを洗い、きれいな布で優しく拭う。
「深いが綺麗な傷です。すぐによくなりますよ」
そっと、ジェラールが傷に手をかざす。
触れるか触れないか、という近さだ。
そして瞑目し、精神を集中させ始めば指先から燐光があふれる。
マナである。
燐光は傷へと注がれてゆく。
ララはぬくもりが注がれる心地よさに、小さく熱い息を吐く。
教会の者が得意とする、己の精気を他者へ送る癒しの技である。
これで自然治癒よりも圧倒的な速さで回復するはずだ。
それから改めて血をぬぐい、軟膏を丁寧に塗布して包帯をする。
「これでよいでしょう。痛みますか?」
「いいえ、まったく」
「よかった。なら、もう大丈夫ですよ」
「ああ、ありがとうございます。あなた様は、聖ラファエルの化身なのですか?」
「とんでもない。ただの巡礼の旅人ですよ。ジェラールと申します」
少女のキラキラとした視線に、ジェラールは苦笑する。