第五十四話
町を一回りすれば、山を登った。
きちんとした整備はされていないが、人の行き来があると分かる山道だ。
中腹まで登れば、巧妙に隠された洞窟の口へとララが誘う。
中に入ると、ぬぐいようのない淫靡な匂いが残っている。
そう歩かずに大きな広間に行き着いた。
祭壇がしつらえており、奥にはアスモデウスの石像が鎮座しているのをジェラールは見た。
「これは……」
「アスモデウス様の祠ですわ。わたくし達は儀式をこちらで致します」
ララが跪いてアスモデウスの石像に祈りを奉げる。
ジェラールは、十字を切って神に祈りを奉げた。
「何をお祈りなさっておいでですの?」
「人々の平和と安寧を」
「まぁ、つまらないですわね」
「ではララ殿は何を?」
その問いに媚笑を零して、ララが熱っぽく見てくる。
「秘密、ですわ。さ、そろそろ館へ戻りましょう。暗くなると、山を下りるのに難儀しますわ」
日が落ちる前に館に帰れば、すぐに夕食にありつけた。
それが終わり、部屋で祈りを奉げていると扉を叩く音がする。
迎えれば、セドリックだった。
「ジェラール殿、メルルナ様がお呼びだ。執務室に御足労願えるかな?」
夜のメルルナ。
ジェラールが何をされるかと薄く警戒すると、セドリックが苦笑する。
「仕事の話だそうだ。メルルナ様とて、常に情事を考えていらっしゃるわけではない」
「それは、はぁ、失礼しました」
ジェラールが執務室へ向かえば、メルルナがにこやかに迎えてくれた。
「ごめんなさいね、こんな夜に。お昼は、ララちゃんに付き合ってくださってありがとうございました。あの娘の、潤いになったと思いますわ」
「そんな、私が町を案内していただいただけですから」
促されて、椅子に座れば机を挟んでメルルナと向き合う。
メルルナが導師の顔になり、今朝も見た地図を机に広げる。
「ベルゼブブの使徒が集まっております」
地図上の村のひとつに印をつけた。
この町から、南に二日の距離だ。
「ナイカ村と申しまして、もともとアスモデウスの使徒の傘下にあった村ですの」
「ははぁ、メルルナ様の不在で切り取られた村のひとつというわけですね」
「その通りですわ。この村を拠点にして、わたくしを補足するつもりなのでしょう。腰を据えられると面倒になります」
「先に仕掛けるのですね」
「はい。それをララに任せようと思います」
昇進前の、失敗できない仕事か。
メルルナが、指で印のついた村を叩く。
「現在五名のベルゼブブの使徒が確認されておりますわ。四名は雑兵。ララの媚毒があれば、苦戦せぬでしょう。しかしそれを率いている者がダズーといい、使い手とのこと。ジェラールくんに、交戦の経験があるとうかがいましたわ」
「はい、強さだけで言えば、副導師級でしょう」
「そこで、ダズーの武術を教えていただきたいのです。ララの実力と照らし合わせて、不足しているようなら補える技を教えて送り出そうと思いますわ」
「そういうことですか」
ジェラールが快諾すれば、立ち上がる。
メルルナも席を立ち、対峙する。
拳を構えた。
ベルゼブブ式の構えだ。
「では、私が受けた技を見真似ですが再現してゆきます」
ゆるりと、ジェラールが拳を繰り出す。
メルルナが、その拳の軌道を凝視してこまめに質問をさしはさむ。
再現している途中、聖ミカエルの山で下位弟子の少年達にも同じことをしたと思い返す。
軽蔑されているだろうかと思えば、少し寂しい気持ちになってしまった。




