第四十二話
十年前、この地方に名のある実力者が三人いた。
そのうちのふたりが赤天派の修道士フォルセウス、黄天派の修道士ユーグ。
ふたりは長年の友であり、切磋琢磨し合える良き好敵手であった。
そして三人目がアスモデウスの使徒メルルナ。
無辜の民草を淫靡な快楽で堕落させ、悪名を轟かせていた魔女である。
フォルセウスとユーグは、そんなメルルナを誅せんと幾度も干戈を交えていた。
しかしこの時点で、メルルナの方がふたりに比べて一枚上手。
修行中のふたりではメルルナに何度もあしらわれていた。
メルルナは強く、美しかった。
若きふたりの修道士は幾度も戦いで顔を合わせるうちに、その美貌に心惹かれてしまっていた。
神の徒が持つべきではない最悪の恋心に煩悶する修道士達だが、そんな時分に戦争が起こる。
聖俗のすべてを巻き込んだ大戦。
フォントノワの戦いである。
三つに分かれたフランク王国のすべてが衝突した混沌のるつぼ。
そこには教会の者達も、悪魔の使徒達も当然参加していた。
数多の司教が兵を率い、悪魔の導師達の軍勢とぶつかり合う。
フォルセウスとユーグ、そしてメルルナもそこにいた。
そこでユーグは出会った。
ベルフェゴールの使徒が作り上げた、心無き剣士。
怠惰を旨とする信徒達が鍛え上げた、ただ命令するだけで敵を殺す機械仕掛けの凶剣。
その男は、何も考えない。
ただ教えられたベルフェゴール式剣術を、命令の通り振り回すだけの人形。
フォントノワの戦いでもまた、ベルフェゴールの導師に命じられるままに敵を斬った。
人を斬り続けた。
殺し続けた。
十代半ばであったその男は、ベルフェゴール式剣術の天才だった。
ベルフェゴール式武術は、ただひたすらに効率を突き詰める。
究めた者の剣に一切の無駄はなく、冷たいまでの合理で振るわれるのだ。
そんな男と、ユーグは出会ったのだ。
そして完膚なきまでに敗北し、終戦を寝台の上で迎えた。
瀕死に陥りながらも、どうにか生き延びたのだ。
そして教会の武術に見切りをつける。
顔面に閃いた剣の軌跡を悪夢に見るたびに、死んだと思った瞬間に目覚める朝が続いた。
ベルフェゴール式剣術の究極の前に、ユーグの心は折れていた。
そしてその悪夢を振り払うために、ベルゼブブの使徒の門を叩く。
そこで、メルルナとユーグが強く接近する。
教会と悪魔の信徒には隔てがある。
しかしアスモデウスの使徒とベルゼブブの使徒に、隔てがあるわけではなかった。
ユーグはメルルナの媚肉に溺れながら、ベルゼブブの使徒として頭角を表す。
この時メルルナは、フォントノワの戦いにおける功で導師となっていた。
ユーグが堕ち、メルルナも導師となりフォルセウスは置き去りにされた気分だった。
それ以上に、ユーグがメルルナの体を好きにしていると知らされて、嫉妬と憤怒で身が焦げるような夜が続く。
やがて、フォントノワの戦いから七年。
フォルセウスは聖ミカエルの山の修道院長へと昇り詰めた。
メルルナに対する、恋心を糧にした出世だった。
修道院長へとなったフォルセウスは、使えるようになった権力や情報網、そして何よりもユーグと長年の友だったが故に持っていた知識を駆使した一計でメルルナを陥れた。
ユーグの名を使って、メルルナを秘密裏の逢瀬の誘いという形でおびき寄せた。
既にユーグもベルゼブブの使徒として、高い地位にいた。
やすやすとアスモデウスの導師に会いに行くには、ユーグも面子を大切にしなければならなくなってきたが故に使えた手だ。
そしてその一計でやってきたメルルナを、フォルセウスは愛憎で焼けるような思いで拉致する。
もうこの頃には、メルルナはフォルセウスの敵ではなかった。
それから三年、メルルナを聖ミカエルの山の監禁して長年に渡る想いを叩きつけ続けた。
ユーグは、薄くフォルセウスの仕業であるのではないかという推測を立ててはいた。
だが動けなかった。
ベルゼブブの導師になるまでは。
やがてユーグがベルゼブブの導師へと昇り詰める。
それから、メルルナの消息を調べるためにアスモデウスの使徒達の勢力圏を荒らし始めた。
全てはメルルナのためだった。
ララはそれを、直感的に感じ取って独自に動き始める。
「……そして、今日に至るというわけですね」
ジェラールが溜息を吐く。
聖ミカエルの山を脱出して、二日を経た夜だった。
森の中の、洞窟の入り口で焚く日の前。
進路はアスモデウスの使徒の拠点。
しかしフォルセウスの追手から逃れるために、通常の行程の倍を試算していた。
加えてメルルナに施されたフォルセウスのマナの封印も解かねばならない。
可能な限りの逃避行の最中、メルルナは現在にまでもつれている因果の糸をつまびらかにした。
休息の間に、少しずつ語った内容は二日にも及んだというわけだ。
ララが、目をしばたかせながらジェラールを見詰める。
「その、機械仕掛けの凶剣というのが……」
「……はい、十年前の私です」
心底恥ずかしそうにジェラールが頷いた。




