第三十九話
毒から逃れた修道士が、アスモデウスの導師が出た!と遠くで叫んでいるのが聞こえる。
止めに行くには遅いと判断して、ララとジェラールは山を下りる道を走った。
いや、道と言えぬ急斜面の岩肌を、駆け降りる危険な逃避行だ。
足を滑らせて落下したら命を落としかねぬ崖だが、ジェラールの身ごなしならばメルルナを背負っていてなお余裕があった。
ララもついてこれている。
だが途中で追いかけてくる音が迫ってきた。
肩越しに視線を回せば、七人ほどの修道士達がやってきている。
中位弟子達とは一線を画する動き。
高位弟子の修道士達だ。
ひとりひとりが、おそらくララと同程度の実力があるだろう。
「いけません、あの上位の弟子ならばあの距離でも届きます! ララ殿! 避けて!」
瞬間、無形の剣気が風を切り裂いてジェラールとララの横を抜けてゆく。
凝集したマナを一振りにて飛ばし、百歩離れた敵をすら斬る技。
ミカエルの刃と呼ばれる、赤天派剣術における高等な技である。
命中しなかったミカエルの刃がざしゅ、ざしゅと斜面の岩肌を削る中で、ジェラールが叫ぶ。
「ララ殿、馬には乗れますか!」
「少しだけですが!」
「あの旅籠が見えますね! 厩に駆け込んで馬をお借りしましょう!」
「は、はい!」
斜面を下りきれば、全速力で厩へと走った。
人の波の、上空を走るように跳ぶ。
三拍を置いて、上位弟子の修道士達が続いた。
厩へと突っ込んで、馬をつなぐ縄を引きちぎってララを乗せてメルルナを預ける。
馬の尻を叩き、走らせてジェラールはそれに並走する。
二拍置きの間合いで、修道士達がぴたりとついてきていた。
流石に人の多い場所だ、ミカエルの刃は撃てまい。
「満ち潮になる! 急ぎますよ!」
馬を引っ張りながら、聖ミカエルの山を駆け下てゆく。
聖堂へ登ろうとしていた者達が、悲鳴と混乱で道の両端に避難して、モーゼの紅海渡りさながらであった。
だが本当の海は、まさに道を閉ざそうとしている。
一気に浜まで駆け抜ければ、薄く張っている海水を踏む。
既に人々は退避した後だ、修道士達が剣を振りかぶっている。
ミカエルの刃。
この距離ならば命中しかねない。
「くっ!」
ジェラールが、先頭の修道士へと襲い掛かって剣を一振り。
迅速なその剣を受けて、修道士の剣と火花を散らすが、牽制程度の攻め手だ。
その勢いで、また別の修道士に斬りかかって、狙いを集める。
ジェラールを排除しようと、修道士達が駆けながら取り囲んできた。
颯と三方から剣尖を送られてジェラールがトンボを切る。
そんなに短い間の攻防だというのに、既に海水が膝につかるほどに海が来ていた。
「ララ殿! 馬を棄てて! メルルナ殿は私が! 海が来ます!」
馬の背中に着地したジェラールが、メルルナをぐいと引っ張る。
そしてララと共に、馬を足場に大きく跳んだ。
一秒の後、ジェラール達を狙っていたミカエルの刃で馬がずたずたになった。




