第二話
「ベルゼブブの使徒のおふたり、やめて欲しいと説得しても無意味とお見受けします」
「だったらどうする?」
「祈ります」
一切の欺瞞もなく、限りない優しさを込めた一言は透き通るようだった。
虚を突かれた顔を見合わせる兄弟の前で、ジェラールが跪いた。
そして瞑目し、両手を合わせれば、天に祈りをささげ始める。
「天におわす我らが神よ、この者達の罪を許したまいますよう」
真剣な祈りの様子に、兄弟が噴き出した。
「兄者、これほど敬虔な者は初めて見た」
「弟者、こやつには天国の門も全開であろうよ」
弟の方が、のしのしと近づいてゆけば、その剛腕を振りかぶった。
まだ同じ姿勢で、ジェラールは天に祈りをささげている。
その構図は、まるで斬首を待つ罪びとのようだ。
「もう祈りも十分だろう。父と子と聖霊によろしく言っておいてくれ」
「この祈りは、私のための祈りではありません。あなた方のための、祈りです」
嘲笑と共に、弟が筋骨隆々の腕を振り下ろす。
ベルゼブブの使徒は、肉体の頑強さに長じている。
その拳は樹をへし折り、岩をも砕くと言われていた。
人の頭部など、一撃で粉々だろう。
ずがん
そんな謳い文句に違いなく、砂利道を拳が穿ちもうもうと砂ぼこりが舞った。
「!?」
ベルゼブブの使徒ふたりと、少女が息をのむ。
ジェラールの姿が、消えた。
ベルゼブブの使徒の兄と、少女が周囲に視線を巡らせる間に、弟が倒れた。
その背後に、静かにジェラールがたたずんでいる。
「弟者!?」
「殺してはおりません。ただし、教会の司祭にマナを注いでいただかねば目覚めぬでしょう」
ジェラールが十字を切る。
ベルゼブブの使徒と教会は、対立関係にある。
つまりジェラールは、弟を助けたければ棄教して改宗せよと言っているのだ。
「どうか弟君を大切に思うならば悔い改めて洗礼を受け、悪魔の教義を捨ててください」
「黙れ!」
兄が地を蹴り砕いてジェラールへと踏み込んだ。