第三十七話
修道院の鐘の音がか細く届く。
日の出を知らせる鐘である。
それに慌てて、フォルセウスが寝台を離れるに至る。
夜を徹して、フォルセウスはメルルナを犯しぬいていたことになる。
いそいそと服を着直し、開けたままの鉄格子に鍵をかけ直す。
そして理性を取り戻した声をメルルナにかけた。
「会合の者達と、午前までの付き合いがある。すぐに戻って来る。それまで休んでおれ」
寝台の上には、胎から逆流した精にまみれてぐったりとしているメルルナが残った。
艶めかしくぴくぴくと痙攣を繰り返しながら、夢と現の狭間を見るようなまなざしで、
「お待ちしておりますわ」
そう囁いた。
そしてフォルセウスが行ってしまった。
本棚の音を遠く聞いて、ジェラールが足元がふらつくのを岩壁を支えにようやく出てくる。
ララもそれに続いた。
「だ、大丈夫ですか?」
「メルルナ様ならば大丈夫ですわ。むしろああして、フォルセウス様のマナを啜って元気になるでしょう。ただそれを、オウルに還元できぬから脱出が叶わないだけなのですわ」
マナによって、オウルの要穴を封じられているせいだろう。
先程までの濃密な交わりも、封印処置になっているはずだ。
そして、その封印を解けるのはマナを習熟しているジェラールだけだ。
気息を整えて、マナを巡らてめまいから立ち直る。
剣に手をかけた。
一条の光が、弧を描いて鉄格子を撫でた。
からん
と、それで格子に人が通れるだけの穴が開く。
「早く出ると致しましょう」
「……よろしいのですか?」
確認するように、メルルナがジェラールをうかがう。
「フォルセウス様の方針は、よくわかりましたから」
─────アスモデウスの使徒も、ベルゼブブの導師も、ベルゼブブの使徒も、全部……全部を殺しつくし、お前が奪われる憂いを根絶させる。
メルルナに吐露した言葉に詰まった感情は、どうしようもない真意なのだろう。
良くしてもらったフォルセウスを裏切る後ろめたさはある。
しかし、その方針を肯定できなかった。
ジェラールが、メルルナの体を診る。
マナの巡る経路は、オウルの巡りと正反対に存在する。
ここにことごとくマナを満たされた状態では、オウルの働きが阻害されること甚だしい。
頭頂にケテル。
右こめかみにコクマー。
左こめかみにビナー。
右肺にケセド。
左肺にゲブラー。
心臓にティファレト。
右腰にネツァク。
左腰にホド。
丹田にイェソド。
そして足裏にマルクト。
以上が人体に点在するマナの要穴である。
これらすべてに、フォルセウスは赤天派のマナを凝らせていた。
適切に送り込まれたマナは健康を維持し、活力を促進させるがこれはやりすぎだ。
マナの扱いに長じていなければ、重すぎてろくに動けなくなるだろう。
特に丹田のイェソドには、重点的なマナが打ち込まれていた。
今しがたの吐精に乗せたのだ。
それひとつひとつのマナを、ジェラールはほぐして流れるように措置していく。
しかしフォルセウスの修養したマナの強力なこと。
ひとつの封印を解くのに時間がかかりすぎた。
「駄目ですね、このままではフォルセウス様が帰ってきてしまう」
ひとまずメルルナが歩けるようにと、マルクトのマナを解すことに成功した。
しかしそれで第三時課の鐘が聞こえた。
日の出と正午の、ちょうど中間の時刻を知らせる鐘の音だ。
メルルナの足を自由にできたとはいえ、さらに腰が据わらなければ意味がない。
次に解放すべきは、丹田のイェソド。
それから左腰、右腰を開放してようやく歩けるようになるだろう。
イェソドこそが、フォルセウスの執着の吐精と共に封じられた個所である。
一日がかりになりかねない厳重さだ。
「脱出を先に、ということですね」
ララが丁寧に体をぬぐったメルルナを、ジェラールが背負う。
燭台に火を灯して、ララが先導をして洞窟を出る道へと歩を進めた。
「出た後に、メルルナ殿には修道女の扮装をしていただきましょう。ララ殿、どこからか衣の調達をお願いします。海を渡った後、どちらへ行けば?」
「拠点は、ここから歩いて四日というところですわ」
「すぐに、メルルナ殿がいないことは発覚するでしょう。可能な限り身を隠して動きましょう」
やがて行き止まりまでたどり着く。
本棚の裏側だ。
ララの操作で、本棚が横に滑り始めた。
午前の光が、強く目を射る。




