第三十二話
院長室から帰る途中。
聖堂のあたりでジェラールを見咎めた中位弟子が、フォルセウスへとさっそく報告しているのが見えた。
フォルセウスは困ったような顔をして、こちらに気づいて近づいてくる。
離れてゆく中位弟子は、してやったりという顔だ。
「ジェラール殿、勝手に私の部屋に入られては困る」
「申し訳ありません」
「修道女を追いかけていたと聞いたが」
「はぁ、その……もしかしたら見間違いかもしれないのですが、ララ殿だったように見えて」
フォルセウスの眉がぴくりと動いた。
「まだ去っていなかったと?」
「いえ、自信はないのです。見間違いだったかもしれません」
「いや……」
フォルセウスが深刻そうな顔になる。
「アスモデウスの使徒は私に部屋に入ったのか?」
「いえ、いませんでした。何度か視線が切れてしまいましたから、私は全然違う方向を探していたようです」
フォルセウスが黙り込む。
「ジェラール殿、私はこれで失礼する。院内は出歩いても構わんが、人の部屋に無断というのは、よしてくれたまえよ」
「はい、申し訳ありませんでした」
速足に奥へと消えてゆく背を見送り、ジェラールは自分の客坊に戻って瞑想にふけった。
フォルセウスと再び顔を合わせたのは、昼過ぎのことだった。
昼食を終わらせて、膳を片付けに厨房へと赴く途中。
「ジェラール殿」
真紅の外套を纏い、身なりを整えたフォルセウスが声をかけてくる。
「フォルセウス様、お出かけでしょうか?」
「ああ、アヴランシュの町へ定例の集会がある。今晩は帰らぬ」
「いってらっしゃいませ。どうかお気をつけて」
「それで、なのだが……もしもアスモデウスの使徒が現れたら、その時は頼むぞ」
「ええ、もう体は十分に癒えました。もう不覚は取りません」
「……頼んだ」
何か、フォルセウスに歯切れの悪いものを感じながら、ジェラールは見送りをする。
それからすぐに満ち潮の時刻になる。
修道院から聖ミカエルの山が海で閉ざされるのを眺めながら、もしもララがここにいるならば逃げ場はないはずだと思った。
その夜は終課の鐘を耳に、意識を眠りの闇に落とした。
そしてふと、匂いに目が覚める。
媚香の匂い。
ほんの、本当にうっすらとだがジェラールの鼻に届いていた。
静かに、ジェラールは起き上がる。
窓の向こうに浮かぶ月の位置を見れば、深夜だった。
剣を掴んでは客坊を出て、その匂いの元をたどった。
すぐに、これが自分にだけ分かるようにした残りがだと直感する。
誘っているのだ。
奥へ、修道院の奥へと誘うような香りの残し方だ。
すぐに霧散しそうになるのを、懸命に辿る。
その最中、既視感を覚えた。
昼に辿ったのと同じ道筋だ。
つまり院長室へと、つながっている。
院長室の扉の前に立てば、媚香の匂いが霧散した。
扉の向こうに、いる。
昼にフォルセウスから無断の入室をたしなめられたばかりだが、事が事だ。
院長室へと、足を踏み入れた。
修道女の姿に扮したララが、机の上に腰かけて待っていた。




