第一話
ジェラールという男がいた。
年の頃、二十代半ば。
短く刈った金髪の、精悍な男だった。
薄い外套を羽織り、腰には剣。
頭陀袋を腰に下げた装い。
旅人なのだ。
そんなジェラールが、ふと来た道を顧みる。
助けて。
そんな声が聞こえた気がしたのだ。
しかし後方には通ってきた砂利道しかない。
初夏の昼下がりである。
照り付ける日差しはまぶしく、延々と延びる砂利道のかなたまで見通せた。
自分以外に人影のない、さびれた街道だ。
他は右手に小さな森があるだけだが、と視線を巡らせていたその時。
がさり
茂みを突っ切って、森から少女が飛び出してきた。
年の頃、十五か十六。
長い髪、大きな瞳が幼げでなんとも可憐な少女である。
しかし粗雑な身なりはあちこち汚れ、例えば暴漢から逃げているような悲壮な面持ち。
「助けてくださいまし!」
「はい、分かりました」
縋りついてくる少女に、ジェラールの返事は一瞬の躊躇もなかった。
その迅速すぎる回答に、むしろ少女がきょとんとした顔になってしまう。
「少しあちらで休みましょう。傷を診ます」
ジェラールがその身を支えながら少女の足元を見遣れば、血が流れていた。
刃物で刺されたと思しく、なかなか深そうだ。
「そんな時間はありませんわ! わたくしを追って、もうすぐそこにあのふたりが……」
紳士的に身を支え、手を引くジェラールに少女が抵抗する。
きゅうと裾を引っ張る力は弱々しいが懸命だ。
そこへ、再び茂みから飛び出してくる者がいた。
ふたりの大柄な男達だった。
上半身が裸で、えらく筋肉が発達していた。
その屈強さたるや、ついジェラールがほうと声を漏らすほどである。
だがなぜ、上半身裸なのか?
暑いからか、肉体を誇示したいから。
いや、少女に乱暴をしようとして脱いだのか。
そんな推量をしていたジェラールだが、その左胸に視線が定まる。
そこに刻まれていたのは、禍々しい刺青。
ジェラールはそれで状況のほとんどが理解できた。
「兄者、獲物が増えたぞ」
「弟者、なかなか美味そうだな」
「兄者は左半分を食うといい」
「弟者、心臓を譲ってくれるとはお前は本当にできた弟だ。俺は嬉しい」
「えへへ」
発達した筋肉をぴくぴくさせながら、ふたりの男達はジェラールへ視線を定めてくる。
まるで食材でも見るような眼だった。
「ベルゼブブの使徒か」
ジェラールの視線は、男達の左胸にある刺青に定まったままだ。
刺青には、悪魔の名が刻まれている。
ベルゼブブという悪魔を信奉する一派の証左である。
彼らはベルゼブブの使徒と呼ばれ、「大食」を教義とした罪深く邪悪な一門だった。
悪魔を崇め奉り、神を冒涜して罪を重ねることこそが修行となるのだ。
そうすることで死後、地獄で悪魔の庇護を受けられるというのが彼らの教義だった。
人を食うというのも、ベルゼブブの使徒の定番の所業である。
フォントノワの戦いから十年発つが、未だに国は疲弊したままだ。
故に、このような悪徳をのさばらせてしまっている。
「兄者、男をまずは食おう」
「弟者、それから女を連れて戻るぞ」
男達の言葉に、少女が震える手で縋ってくるのをジェラールは感じた。
その手を、優しくほどいて微笑みかける。
「大丈夫です」
そして少女を守るように男達に対峙し、剣も抜かずに十字を切った。




