第二十三話
それからフォルセウスが表情を改めて真剣なものにする。
「悪魔の教徒の勢力については、私から話ができる。現在、この教区のアスモデウスの導師は不在なのだ」
「不在?」
「三年前から、行方不明になっておる」
「死んだのではなくてですか?」
「分からぬ。もう既に地獄へ落ちたやもしれぬな」
「……どちらにせよ、導師がいないので、ベルゼブブの使徒達に圧されているのですね?」
「まさしく」
悪魔の信徒達は一枚岩ではない。
異なる悪魔を信奉する流派が弱まったとしても、それは略奪の機会なのだ。
なんとも醜い図式に、ジェラールが十字を切る。
「それでも先代のベルゼブブの導師は、そこまで苛烈さはなかった。むしろ、我ら赤天派がアスモデウスの使徒を攻める姿勢を見せた時には、その助勢をしておった。だが、」
「ユーグ殿は、新任の導師。そして、強硬派であると?」
「その通り。あいつが導師になり、アスモデウスの教区は随分と荒らされているようだ」
改めて、ジェラールは枯れ木のような痩躯を思い返す。
もう会いたくはない使い手だが、清算せなばならぬ縁だ。
これも神の導きであり、試練なのだろうと、ジェラールは十字を切る。
「フォルセウス様、ユーグ殿について詳しいお話をうかがえないでしょうか?」
「……あの男は、かつて敬虔な修道士だった」
「黄天派であった、と自ら言っておりました」
「ああ。そして、私の同期だ」
「なんと」
「よく切磋琢磨した、かけがえのない友だった。だが、十年前にあいつは変わってしまった……」
「フォントノワの戦い……」
痛みをこらえるような声で、ジェラールがその言葉を落とす。
フォルセウスが小さく頷いた。
「あの聖俗のすべてが入り乱れた戦いに、私もユーグもいた。そしてユーグは出会った。この世のものとは思えぬ剣筋を操る、悪魔の使徒に」
ジェラールは頬をかいた。
「私は、直接会わなかった。だがユーグは、その剣士に完膚なきまでに敗北した」
「……そしてベルゼブブの使徒に堕ちたのですか?」
「正派の武術では、あの強さの前では役立たずだと、あいつは言っておったな」
実際、ベルゼブブ式の武術はユーグにあっている様子だった。
ベルゼブブ式の武術は、二流の段階までは筋骨に頼る。
一流になれば、その肥大した筋骨を凝集して、何よりも速力が向上するのだ。
ベルゼブブの使徒の達人は、まるで飛翔するような体術を駆使する。
これは信奉するベルゼブブという悪魔が、翼ある者の王者であるが故である。
そして、この速力ある武術は黄天派に通じるところがあった。
ユーグは正邪の武術を高い水準で纏めているのだろう。
中途半端な赤天派武術と黄天派武術を、思いつきで併せたジェラールが叶わぬ道理である。
「……あいつとは、いろんなことを競ったよ。武術や馬術、聖句の暗記に、それに恋も」
巌のようなフォルセウスだが、その声に柔らかさ滲んだ。
だが郷愁の切なさが見て取れる。
「いいやつだった」
「……」
「だが、道を誤った。ならば討たねばならぬ」
ジェラールが、何度か言葉を探すように唇を震わせる。
だが、言うべき言葉を見つけられずに、肩を落とす。
その肩をフォルセウスが力強く叩いた。
「もうジェラール殿が、ユーグにまみえぬよう、神に祈ろう」
違うのです。
もう一度、会わねばならぬのです。
ジェラールは心の中で呟いて、十字を切った。
「……フォルセウス様、師に手紙を届けたいと思います。一筆をしたためさせていただけませんか?」
「分かった、用意をさせよう」
それからフォルセウスが出て行って間もなく、羊皮紙と尖筆とインクが届けられる。
痛む体を引きずって机に向かい、ジェラールは尖筆を執る。
「レオ四世教皇聖下へ、弟子ジェラールより……」




