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旅のジェラール  作者: ローリング蕎麦ット
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第二十話


 しんと、さざ波の音しか聞こえない静けさがふたりの間に生まれる。


「……黄天派武術の動きに、無手の赤天派剣術の攻めを混ぜたか」


 やがて、ゆっくりとユーグののけぞった顔が戻って来る。


「ただの赤天派拳術よりも、遥かに読みにくい」


 想像以上に、効いていない様子にジェラールが焦燥する。


「いやいや、効いていないわけじゃない。即席のわりに、大した完成度だ」


 ジェラールの思考を読んだように、枯れ木が笑った。


 だが、と一笑に付す。


「マナが足りんな」


 マナとオウル。


 全ての攻撃を裏打ちする精気。


 同時に、全ての防御を裏打ちするものでもある。


 いかに技が巧みでも、ここに絶対的な差があればユーグに決定打を与えるのは絶望的だ。


 それでも。


 このまま攻撃を重ねていけば勝機はあるはずだ。


 敵の攻撃は一発でも直撃すれば致命傷で、こちらの攻撃は後百発必要だろう。


「神よ……お守りください」


 だがジェラールは十字を切り、勇気を奮い立たせて構えた。


 ジェラールの瞳に希望が失われないのを見て取り、ユーグが鼻を鳴らす。


「神の加護があるかどうか、試してみるといい。そら!」


 先程と、まったく同じ軌道でユーグが拳を打ってくる。


 反射的に、先程をなぞるような黄天派武術の身ごなしで躱し、そして赤天派剣術の型にて、


「!?」


 手刀を繰り出した瞬間、ユーグの身もまた天使の身ごなしを再現する。


 黄天派武術の動き。


 ジェラールの赤天派剣術を、するりと躱してその威勢を利用されて、打たれた。


 ばきばきと骨が砕ける音がして、ジェラールが大きく吹き飛んで砂浜に倒れた。


 理解が追い付かない混乱のまま、血を吐きながらなんとか起き上がろうともがく。


「まだ生きているか」


 ゆっくりと、ユーグが近づいてくる。


「待ってやろう。さっさと神の恩寵で立ち上がるがいい」


 そしてすぐそばに来ては、冷然と見下ろしてくる。


「黄天派……」


 か細い呼吸と共に吐き出される血に、言葉がかすれる。


 ユーグがかがんで、ぐいとジェラールの髪を掴んで顔を持ち上げて嗤った。


「そうだ、俺は元々黄天派の修道士だった」


 脳裏に、ベルゼブブの使徒の兄弟が思い浮かんだ。


 ふたりのオウルを、ジェラールはマナを撃ち込むことで封じたはずだった。


 それが外れていた。


 教会の司祭以上の位階の者にしかできない技術のはずだった。


 おそらく、修道士としてマナの働きを修めていたユーグの仕業だったのだろう。


「な、何故……」


「何故ベルゼブブの使徒になったか、か?」


 自嘲気味にユーグが笑った。


「十年前、越えねばならん壁に出会ったからだ」


「……フォント……ノワ……?」


「そうだ。全てを巻き込んだあの戦いで、俺は教会の勢力として戦っていた。だが、本物の悪魔に出会った」


「悪魔……」


「機械仕掛けの凶剣。当時十代やそこらのベルフェゴールの使徒だった」


「なっ!?」


「ちょうど、今のお前と俺のような力量差だと言えば分かりやすいか?」


 ジェラールが、愕然と咳き込んで血を吐いた。


「あの悪夢のような太刀筋を超えるためには、黄天派でも赤天派でも、青天派でも緑天派でも駄目だ」


 ユーグが、顔の剣傷をなぞる。


「可能性があるのは、ベルゼブブの使徒だった」


 ジェラールが、唇をぱくぱくと動かすが声にならない。


 言葉の代わりに血があふれ、呼吸するだけで精いっぱいだ。


 ユーグが、掴んでいたジェラールの髪を離して立ち上がる。


「後もう一歩で、俺の武術は完成する。それでやっと、あの悪夢を払拭できるだろう」


 ユーグが海へと、視線を送る。


 聖ミカエルの山に向けるそのまなざしには、どこか切なげな感情がよぎる。


「もっとも、風の噂ではそのベルフェゴールの使徒は死んだらしいがな」


 さて、と。


 ユーグが右の拳を握る。


「最後にいいものを見せてやる。全力の拳だ。門番のペテロへの、土産話にしていけ」


 大気が震える。


 ユーグという輪郭の内側で、何かが膨れて、そして爆ぜた気配。


「かぁッ!」


 裂帛の気炎と共に冷風が逆巻き、浜の砂が恐れおののくようめくれ上がる。


 そして、そこに立つユーグの頭上に、光の輪が輝いていた。


「ア、アイン……ソフ……」


 ジェラールが息も絶え絶えに苦痛と共に、その言葉を絞り出そうとする。


 アインソフオウル。


 悪魔の武術における、極みに辿り着いた者のオウルをそう呼んだ。


 無限のオウルが湧き出して尽きる事ないと言われ、到達の証には光輪が現れるという。


 聖画における天使や聖人達のように。


 そして、ユーグはほとばしる邪悪な輝きを拳に宿す。


 光を握りしめるような拳。


「デウス・テー・アメント」


 神があなたを愛しますように。


 皮肉を込めて、ユーグが嗤う。


 そして拳を落とした。


 ジェラールは、光の奔流が視界を満たすのを見る。


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