第十九話
絶望的な速度と威力の拳勢。
だがそれを、僅差でジェラールは躱す。
ぎりぎりの見極めだ、衣類が拳風で破れて皮膚が裂けた。
その上で、一掌を返す。
敵の威力に乗じる黄天派の反撃技は、ばしっとユーグの胸部を痛烈に叩いた。
「!?」
しかしその感触にジェラールは驚愕する。
枯れ木のような痩躯でありながら、千年を育ち続けた巨木を殴ったような錯覚。
「ベルゼブブの使徒は、まずは太る」
それを冷ややかに見降ろしてユーグが冷ややかな言葉を落とす。
「その肉を筋肉に変えて二流。そして一流は、その筋肉を越える密度を常人の体格に満たす」
ユーグが気合を発し、それだけでジェラールは弾き飛ばされた。
「もう少し何かを隠していると思っていたが、それで仕舞いか?」
「くっ!」
ユーグの踏み込みに、ジェラールが跳躍で距離を取る。
それを追われ、逃げる。
距離を取ろうとも、ユーグの速度の方が上だ。
拳と蹴りが不吉な風切音と共に幾重にも飛んでくる。
それをジェラールは、ぎりぎりの身ごなしで致命傷を避けた。
やがて、目まぐるしく動くふたりは海岸沿いに出る。
砂浜の上を駆けながらも、両者の脚は鈍ることがなかった。
せめて剣があればと、ジェラールが歯噛みする。
おそらく赤天派剣術の技ならば、攻撃は通る。
大天使ミカエルの技を象った剣術は、教会における四大流派において最も強力なのだ。
……いや、と頭の冷静な部分でジェラールがそれを否定する。
敵は短刀で剣を破壊したのだ。
むしろ今短刀を使われていない状況は、手加減をされている。
そう、むしろ今は好機のはずなのだ。
油断と慢心を、突くべき好機。
「剣なしで、も……!」
腹をくくり、ジェラールが転身。
敵の威勢を借りる反撃技で、踏み込んだ。
みぞおちを狙った腹に迫る蹴りを、黄天派武術の身ごなしでわき腹が裂けながらも直撃を避け、
「はッ!」
そして赤天派剣術の剣勢にて、手刀を振るう。
肩に直撃したそれに、ユーグが瞠目して、動きが止まった。
技の変化が予想外だった、という顔だ。
そのまま赤天派剣術の型を用いて、手刀を連鎖させて攻勢に打って出る。
胸部を突き、顎を下方から跳ね上げ、そして頭頂へと手刀を振り下ろす。
すべてが、完璧に決まった。
しかしなお反撃の拳がジェラールに飛んでくる。
若干、拳速が弱まっている。
効いているのだ。
その拳をジェラールは黄天派の足運びで寸前で躱し、勢いに乗って赤天派の剣技を再び無手で振るう。
伸びた腕を打ち、肩を突き、最後にその喉に手刀を叩き込んだ。
全てが完璧に決まり、ユーグの身が大きくのけぞった。




