第十八話
「嘘でしょ!?」
ジェラールが一足飛びに距離を取り、拳を構える。
それを枯れ木のような男は冷めた目で追う。
「司祭級、といったところだな。その若さで、大したものだ」
「皮肉ですか。息も乱さずについてこられたくせに」
枯れ木のような男が、落ちくぼんだ目でジェラールを見てくる。
探るような目だ。
「……かなり実力を隠しているな」
一歩、男が近づいてくる。
ジェラールが一歩後退する。
「出し切った上で、叩き潰す。足掻けるだけ足掻くがいい」
一歩、男が近づいてくる。
ジェラールが一歩後退する。
樹が、背にぶつかる。
「そして逃れ得ぬ絶望にまみれ、ベルゼブブの使徒に手を出した後悔に埋もれて、」
男の姿が、朧に揺れた。
「召されるがいい」
反応できたのは、ほぼ勘だった。
横に飛んだジェラールの隣を、おぞましい威力が通過する。
男の拳。
まっすぐに突き出されたそれを受けて、樹が一撃で破裂した。
へし折れるなどという生易しさでない。
炸裂した樹の幹が木くずとなって雨のように降り注ぐ。
「くっ!」
転がった態勢を整えた、その眼前に既に男が立っていた。
足。
顔面に蹴りが来る。
「速……!」
それも、間一髪で首をひっこめて何とか躱した。
回避に全力を傾けねば一撃で終わる。
速度でジェラールの数段上を行き、さらに威力はあの兄弟ふたり合わせた倍以上だ。
後退に合わせて、男がまた拳を突き出してくる気配。
攻撃の起こりを見逃せば、反応できぬまま死んでいると確信できる。
後退で、態勢が悪い。
ジェラールが風を纏うような双掌を突き出す。
男の拳の軌道へと差し込む。
敵の拳撃を双掌に絡めて投げる、黄天派武術の返し技である。
だが、
「が……はっ……!?」
男の拳がジェラールの胸部に突き刺さった。
かっと、血を吐く。
仕掛けた返し技が、突き破られたのだ。
ジェラールの技が触れた分だけ拳勢を削ったがこの威力である。
双掌の皮がずたずたに破れ、膝が折れそうになるが、なんとかこらえた。
「ほう」
仕留めきれなかったのを、感心したように男が声を漏らす。
そして、またジェラールを探るような目をする。
まるで休憩するのを待ってやる、といった風だ。
「お前があしらった兄弟だがな、兄がガズー、弟がダズーという」
血を吐き終え、回復にマナを巡らせるジェラールへと男がぽつりとしゃべりだす。
「俺の弟子の中で最も見込みがあるふたりだ。ガズーはいずれ導師になれるだろう」
「……」
「お前は、それ以上の素質がある。教会を棄て、ベルゼブブの使徒に回心するなら助けてやろう」
それはジェラールが以前ガズーへと落とした言葉だ。
まさかそれが返ってくるとは思わず、思わず苦笑してしまう。
「俺はユーグという。この教区のベルゼブブの使徒らを束ねる導師、ユーグだ。お前の名は?」
「……ジェラールと申します」
「では、ジェラール。俺の下に来い。お前ほどの腕ならば導師の道も開けよう。存分に飲み食い、命を赴くまま楽しめるぞ」
くはっ、とジェラールが噴き出してしまった。
そして力なくひとしきり笑って、首を振る。
「人はパンのみにて生くるものにあらず、です」
「残念だ」
ひとかけらの残念さも声に滲ませず、ユーグが何気ない仕草で拳を振り下ろした。




