第十七話
ばきん
ジェラールの剣が、砕け散る。
剣を振った側も、振られた側も一瞬何が起きたか分からなかった。
いつの間にか、ふたりの間に枯れ木のような男が立っていた。
その手には、ちゃちな短刀が握られている。
まさかそれで剣の一振りを断ったのかと、ジェラールが信じられない物を見る思いで瞠目した。
短刀は、不気味な燐光を纏い低い音を立てている。
まるで蠅の羽音のような、低く耳障りな音。
枯れ木のような男のオウルを受けて、小刻みに高速の振動をしているのだ。
武器にマナやオウルを流し威力を増す技術、その一流の精華である。
至純のオウルの技ならば、なるほと果物を切るような短刀で剛の剣をも凌げるか。
この一手だけで、この導師が己の遥か上位の実力であるとジェラールは痛いほど理解できる。
「ダズーはまだ生きている。介抱しろ」
静かに枯れ木のような男が言えば、ぽかんとしていたベルゼブブの使徒の兄が慌てて引いた。
弟に活を入れるのを枯れ木のような男が一瞥して、ジェラールに向きなおる。
「今の赤天派剣術、目を見張ったぞ」
「事も無げに凌いでおいでよくおっしゃる」
枯れ木のような男が、鼻を鳴らした。
「ここまでやられて、引き下がれんな。あのふたりをこうまで簡単にあしらわれてしまえば、沽券に関わる」
「簡単になど。針に糸を一回で通すような緊張でありました。私はただ降り掛かる火の粉を払ったまでです。その火を収めてくだされば、ことさら吹聴するつもりはございません」
「では俺を払ってみせるがいい」
「……いえ、火元から遠ざかりましょう」
ジェラールが半ばで砕けた剣を投げつけた。
短刀を振り上げた一撃で導師はそれを粉々にするが、既にジェラールの姿は消えていた。
大天使ラファエルを模した身ごなしで、風のように駆け、全速力の逃走だった。
おそらく、真正面から戦って勝ち目は薄い。
常人の十歩を一歩で踏み越えて丘を駆け下り、湾岸の森へ突っ込んで視界から紛れた。
さらに木々の障害を物ともしない柔軟な身ごなしで、みるみる森の深い場所へと進んでいく。
やがて旅人でも一日がかりでようやく辿り着けるような森の奥へと、身を置いて息をついた。
森の泉のそばだった。
「ここまでくれば、大丈夫でしょう」
一息を突いて、泉の水を掬おうと膝を折る。
そして、水面に映る己の姿の後ろに、枯れ木のような男を見た。




