第十三話
ジェラールは拳をほどき、だらりと両手を垂れ下げた。
姿勢は見えぬ糸に吊られて立たされているかのような、奇妙な弛緩具合。
まるで棒立ち。
いや、それ以下だった。
それはさながら幽鬼がたたずんでいるような不気味さ。
立ち上がった、いや、立ち上がらされた屍のたたずまい。
一見すれば完全なる無抵抗。
だというのに、ララはその「構え」に総毛立つ。
そのそこへ踏み込めば、無明の闇の中に開かれた獣の顎に飛び込むと同義であるような予感。
ララが、動けなくなる。
「ふっ!」
ジェラールの裂帛の呼気が、暗い部屋に響き渡る。
瞬間、黄天派武術の身ごなしで、風のようにララの背後に回り込む。
ララが踏み込みを躊躇したおかげで、どうにかマナが十分に溜まったのだ。
「ひっ!」
だがララも俊敏であった。
脱兎のごとく前に逃げ、そのまま窓の外に飛び出した。
窓越しに眼下を見渡すが、既に見えない。
町の闇に消えてしまっていた。
深くため息を吐いて、ジェラールが座り込む。
今の動きで失ったマナの分、媚香の毒で体が重い。
後を追うほどの力は残っていなかった。
「想像以上の使い手でした」
言い訳じみた独白が夜に溶ける。
敵対したことのあるアスモデウスの使徒に、強い者はいなかった。
ララは、それらよりもかなり腕が良い。
敵対していなかったアスモデウスの使徒に強い者はいたが、技の詳細を知っていたわけではない。
仕掛けさせて取り押さえるつもりだったが、見積もりが甘かったようだ。
仕切り布を避けてララが横になっていた場所には、小さな灰の山があった。
媚香の跡だ。
この旅籠を見つけるために分かれた後、材料を集めたか。
いや、道中何度か花を摘んだりしていた。
あの中に材料もあったのだろう。
一緒に旅をしている時点で、仕留めてくる準備をしていたということか。
この旅籠の主人も、毒に中てられているのだとようやく思い至る。
主人の治癒のために、ジェラールは媚香の残滓が漂う部屋出て階段を下りて行った。




