第十二話
「あのベルゼブブの使徒達に襲われていたのは、嘘でありませんでしたわ」
同衾の睦言のようにララが耳元へささやく。
声や吐息でいちいち、ぞくぞくとジェラールの性感を刺激してくる手管だ。
そうは分かっていても、体の反応はララに焦れてしまっている。
「……勢力……争い……です、か……?」
「そのようなものですわ。わたくしが聖ミカエルの山に行くのを、止めたかったのでしょう。ですからジェラール様の護衛は、わたくし本当にとてもとても感謝しておりますの」
男の急所を撫でる手つきが、優しいものになる。
声調も柔らかで、どうもこれは本心らしいくジェラールには聞こえた。
「旅はとても楽しかったですし、ジェラール様はとても素敵でしたわ。わたくし恋してしまいそうですわ、うふふ」
「な、なら……やめ……」
「だぁめ」
ララの手が、激しさを増した。
「気に入ったからこそ、とことんまで吸い尽くさせていただきますわ。アスモデウスの使徒ですもの。ジェラール様のマナ、傷の手当てをしていただいてる時から、ずっとずぅっと味わいたいと思っておりましたの。足を診ていただくたびに、わたくしのお胎が切なくなっていましたもの。わたくしのぺこぺこのお腹に、たぁっぷり注いでくださいましね……」
うっそりと笑いながら、ララが尻を持ち上げてジェラールの雄へ降ろそうとする。
その瞬間。
ジェラールが跳ね起きてララの体を突き飛ばす。
「!?」
そこまで強い力でもないし、機敏な動きではなかった。
しかし完全に虚を突かれたララは床にしりもちをついて目をしばたいた。
ジェラールは壁を支えにどうにか立ち上がり、鋭いまなざしを向ける。
「まさか動けるのですか!?」
「ララ殿、あなたを怪しくは感じておりました。眠ってしまうまで警戒のために、ずっとマナを高めていたのですよ」
良く修養したマナは、身体機能を高めて毒を抑え込む。
すでにジェラールの呂律も、戻ってきているのがその証左だ。
だが未だに自由に動けるというわけではなく、足元もおぼつかない。
想像以上の媚香の毒の威力であった。
それでも気力を奮い、ジェラールが拳を構える。
黄天派拳術。
ベルゼブブの使徒を相手にした時と同じ構えである。
ララの身が緊張して静止する。
実は大天使ラファエルの武術である黄天派拳術は、アスモデウスの使徒に強い特効がある。
これは聖書にもアスモデウスをラファエルが退けた逸話に由来すると言われていた。
より詳しく見れば、寝技や組技に特化したアスモデウスの使徒の武術は、機敏に動く黄天派を捉えるのが苦手だという術理の相性がある。
「想像以上に、強い毒で対応が遅れましたが……眠ってしまう前に高めていたマナを、どうにか巡らせることができました……」
「あら、見抜かれていたのですか。わたくし、旅の最中にぼろを出してしまっておりましたかしら?」
「距離感が近すぎでしたから」
「まぁ、ジェラール様のように真面目な方には、あのような演技でいちころと思いましたのに」
悪戯っぽくララが笑う。
だがそのまなざしに油断はない。
ジェラールがどの程度動けるか、推し量っているようだった。
正直な話をすれば、立っているので精いっぱいだ。
もう一度組み伏せられれば、搾り尽くされるであろう。
やがて身構えていたララだが、ジェラールが動かないと見て舌なめずりをする。
動けない。
高めたマナで、立っているのがせいぜいだ。
つまりマナが足りていない。
そう判断されたと、直感的に悟る。
そしてそれは正しい。
もう少し、時間があればマナが戦える程度に練り上げられそうだ。
だが、遅い。
ララが飛び掛かってくる、その予兆を読みジェラールは─────構えを解いた。




