第十話
ララが見つけた旅籠は、大きな通りからは少し外れた場所にあった。
小さな旅籠で、注意して見ていなければそうと分からないだろう。
「ごめんください、先程お話をさせていただきました道連れですわ」
「いらっしゃい……」
ふたりを出迎えたのは、無気力そうな中年の男だった。
妙にぼんやりとして、うつろな様子だ。
むっと、酒の匂いが鼻を突いた。
「一晩だけ、宿をお借りします」
銀貨の支払いをしながらジェラードが話しかけても、どうも反応が鈍い。
「夕食もお願いできますか?」
言葉を重ねるが、主人はそれを無視するようにふらりと奥へと消えていった。
困ったような顔でジェラールがその背を見送る。
「お酒の飲みすぎでしょうか、ご主人」
「先程はお話できたのですが……飲みすぎはいけませんわね。さぁ、ジェラール様、休みましょう」
ララが手を引くが、ジェラールは少し考えるように動かなかった。
「……やはり、野宿にいたしませんか?」
そして、やや迷うようにララへ問いかける。
それにはララが悲しそうに眉をひそめた。
「え……せ、せっかく見つけましたのに……」
しょんぼりと寂しそうな顔をされ、ジェラールの心もちくりとしてしまう。
だが主人の様子に違和感があるの。
迷うようなジェラールの様子に、ララが微かに震える手で縋りつく。
「夜に……わたくし、夜にあのベルゼブブの使徒達にさらわれてしまいましたの……ですから……どうか……」
切々とした声は、恐怖が滲んでいた。
確かに、町の近くとは言え外もまた危険だ。
この夜は、気を張り詰めていれば良いだろうと判断し、ジェラールは観念して二階へと上がった。
嬉しそうにララもそれに続く。
二階には誰もおらず、酒の匂いがまだ強く残っていた。
「これは、先客の方々は随分と飲んでいらっしゃったようですね……」
苦笑してジェラールが窓を開け、蝋燭に火を灯す。
旅籠自体が小さいため、二階の大部屋もこじんまりとしていた。
五人ほどが泊まれる広さだ。
ふたりでのんびりと過ごせそうだった。
荷を下ろして、ふたりが一息をつく。
「ジェラール様、夕食を用意していただけるか、改めてお尋ねしてきますわ」
「ああ、お願いします。しかしあの様子では……」
「うふふ、もしそうでしたら、わたくしがお料理をいたしますわ」
自信たっぷりに笑むララは、むしろごちそうしたいと言わんばかりだ。
「旅の食事は、わたくしが手を加えられるものございませんでしたが、こう見えてお料理得意なんですの」
「それは、むしろご主人には酔っぱらっていただいて欲しいかもしれません」
そう言われて、嬉しそうにララは階段を下りてゆく。
弾むような足音は、すっかり傷が癒えたことをうかがわせる。
微笑して見送るジェラールだが、やがて短くつぶやいた。
「……仕掛けてくるなら今夜でしょうね」
結局、その後にララが手作りしてくれた料理をいただくことになった。
主人はもう顔も見せない。
そうして夜も更けた頃。
「それでは、お休みなさいませ、ジェラール様」
仕切り布から、ひょっこりとララが顔を出す。
「ええ、また明日」
「はい、また明日です」
あどけない顔であいさつを交わせば、仕切り布の向こうでララが横になり蝋燭を消す気配。
掛け布を被る音を境に、闇と静寂が訪れる。
しかしジェラールは壁にもたれて座った姿勢のまま、警戒を続けた。
一晩中、気を張り詰めておくつもりだった。
だったのだ。




