第百十一話
その夜のうちに、廃教会から移動をした。
ポリーヌが言うには、村はもうすぐそこなのだという。
静かな夜の森を抜ければ、寂れた廃村が姿を現す。
いや、廃村とすら言えぬような有様だ。
焼け落ちて、朽ち果てた村のなれはて。
ほとんどが草木の海に埋もれてしまっている場所だった。
「ここが、私の村でした」
松明の灯りを必要とせず、森を先導してくれたポリーヌがぽつりと言った。
ジェラールは何ともいたたまれない気持ちになる。
この古い戦争の傷跡に、ただ十字を斬るしかできなかった。
ポリーヌが、とぼとぼとした足取りで奥へ進む。
ジェラールが馬の助けを借りながらそれについていけば、使えそうな家が数軒並んでいた。
そのうち、最も形が整っている家に辿り着く。
「ここが私の家でした。そして、略奪があった後、当時の神父様と一緒に暮らしていた場所です。地下室まで作っていますので、私にとって安全で住みやすい」
中に入れば、埃さえ掃除すれば不自由なさそうだった。
内装を松明で照らすと、補修しているのが分かった。
それも時代を経て何度もだ。
「まず神父様と共に暮らしていた頃に、放浪の合間に帰って来た時にも、そして最近のものはオーギュスタンさんと一緒に少しだけここにいた時に」
「放浪? 元の体に戻るための術を探して、でしょうか……?」
「それもあります。でもまず……その、神父様が亡くなった後、この廃村に血を吸う妖怪が住み着いたという噂が流れまして、多くの騎士や修道士が私を退治しにやってくるものですから、いてられなくなりまして……」
「なるほど」
「今でも、近隣の村の言い伝えにあるかもしれませんね。この廃村に近づくと妖怪が出るぞ、って。おじいさんが、そのおじいさんに聞かされて伝わった言い伝えが……」
そう自嘲気味に笑うポリーヌは、もはや疲れ果てた老人のようだった。
このような魂が救われずになんとする。
ジェラールはいたましい気持ちで神に祈った。
「ここが地下室になります。深く広いですから、昼間に開けてくださっても奥にまでは光は届きません。日中は、私はこちらに失礼させていただきますね」
ポリーヌが家の片隅にある床の石をつまんで引き上げる。
するとがこんと、床に見えていた部分が開く。
地下へと降りていく階段が姿を現した。
松明で軽く照らしても底は見えない。
「これなら安心ですね」
「……はい」
ポリーヌが、力なく頷く。
本当は、ここに閉じこもっているのは好きではないのだろう。
太陽に怯えて地下で震えるなんて。
心にかかる負荷は、途方もないはずだ。
「……早く、もう一度太陽の光を気持ちよく浴びれるようになりましょうね」
「はい」
ポリーヌは赤子がただひたすら無垢に望むように頷く。
それからジェラールは家の中で眠り、ポリーヌは地下室へと潜った。
ジェラールが目覚めたのは太陽が高く昇る時刻だった。
台所を片付けて、麦粥を作って啜る。
それから外につないでいた馬を連れて、森に流れる川へ向かった。
水を飲ませて、草を食ませてポリーヌの家に戻る。
日中は、怪我の治癒に専念した。
瞑想をしてマナの巡りを整えていれば、骨折も自然回復よりも早く治るはずだ。
ただある懸念が瞑想を鈍らせた。
オーギュスタンは無事なのか。
今は祈るしかできなかった。
やがて太陽が落ちれば、ポリーヌを呼んだ。
地下室から上がってくれば、ふたり向かい合って座る。
「では、本日からマナの扱いの指南をしていきます」
「どうか、よろしくお願いいたします」
「……と申しましても、正直、まだどういう手立てにするか悩んでおります。確かにベルフェゴールの使徒の奥義は、オウルの扱いの効率を突き詰めるもので、逆に非効率的な運行という転用も可能です。ただ……ポリーヌ殿が特殊な例すぎますから、私の知識や経験にそのまま当てはめて良いものかどうか」
ですので、とジェラールが続ける。
「マナの基本的な扱いから初めて、ポリーヌ殿の様子を見ながら徐々にベルフェゴールの技の逆を指南していきましょう」
「はい」
「では、まずは鼻の呼吸の方法から……」
こうして、オーギュスタンを待ち、ジェラールは骨折を治しながら、ポリーヌのマナの扱いを学ぶ日々が過ぎていくことになる。




