第百九話
「死んでるって……」
まさか、とジェラールはポリーヌの顔をまじまじと見つめる。
その顔色は青白く、確かに死者を彷彿とさせるものがあった。
だがしかし。
「お疑いなのは、ごもっともです」
ポリーヌが右腕の裾を少しだけまくる。
あらわになる肌もまた、やはり透き通る様な色だった。
「確かめてください」
差し出すのは脈だ。
ジェラールが触れれば、ひやりと冷たい。
そして、鼓動に合わせた脈動はまったくなかった。
「そんなまさか……」
「ご所望でしたら、心臓も……どうぞ……」
つつましい胸をポリーヌが少し主張する。
うつむいて、目を逸らす仕草。
顔色は青白いままだが、正常に血が通っていれば赤面していたのは分かる。
「い、いえ……そんな、そこまでできません。信じますよ……信じますが」
「どうしてこうなってしまったかですね」
ジェラールが恐る恐る頷く。
「百年以上も昔の話です。この近くで戦争がありました」
「……トゥールとポワティエの間で起こった」
前王朝における出来事である。
イベリア半島側から侵攻してきたイスラム教の兵と、防衛するためのフランク王国との衝突があった。
フランク王国側の防衛は成功。
それからも、何度かの攻防はあったがイスラム教の侵略は全て食い止められている。
「国と国との戦いで勝利しても、戦場付近は惨憺たる有様でした。私の村は、すぐ近くにありました。百年以上の昔に、この礼拝堂に来たこともあります」
略奪があったのだろうと、ジェラールはすぐに察する。
そっと、崩れた祭壇をポリーヌが降れる。
その手つきには、郷愁の万感が込められて見えた。
「……平和な村でした。何もないけど、穏やかで、祈りと安らぎはあったのに……」
それがある日突然破られた。
「本当に、突然でした。村の人達は斬られ、食料を奪われて、家々は燃やされて」
ジェラールは、言葉なく聞き入るしかできなかった。
ただ悼む気持ちで十字を切る。
「私も、兵の剣に切り裂かれました。肩から腹にかけて、傷跡はまだ残っています……でも即死ではありませんでした。村が燃える景色を、血溜まりの中で見上げていたのを、覚えています」
そして、とポリーヌはか細い声で続ける。
「略奪が終わった後、すぐに教会の方がやってきてくれました。神父様が私を介抱して、マナを注いでくださったのです。でもその時の私は、おそらくもう死んでしまっていたのでしょう。もしかしたら、まさに命が尽きた瞬間だったのかもしれません。心臓が止まって、体温が失われていく最中に、神父様はマナを私の体に満たしてくださり……」
そして私は動き出しました。
「……それは……」
ジェラールが呻く。
死んでいなかったのではないか、と二の句を継ごうとした。
死者にマナを注いでも無意味だ。
死にゆく者にマナを注いでも、命をつなげずに終わる事例は枚挙に暇がないのだから。
しかし脈拍が止まっているのは確かだ。
ポリーヌが、悲しそうに微苦笑を浮かべた。
「助かったと、私も思いました。命をつなげていただいたと。でも、すぐに気づきました。体は冷たく、肌の色は誰よりも白い。そして食べる物を一切受け付けなくなったのです」
「食べ物を?」
「はい。豆も、野菜も、肉も、何を食べても吐き出してしまう。食べずに済む期間は、長くなりました。一週間は食べずに大丈夫でしたから。神父様がおっしゃるには、体は死んでるけれどもマナだけで動いていると」
「……少し分かる気がします」
マナやオウルで人形を動かす秘法を、ジェラールは聞いたことがある。
それに近しいのかもれない。
「……でも、徐々に空腹に近づいていたのは、分かりました。神父様にマナを注いでもらえば、動くことはできました。しかし空腹はどうしようもなかったのです」
「何か、摂取できるものはあったのですか?」
「……はい」
ポリーヌの肩が小さく震えている。
重い言葉が、喉につっかえているのが分かった。
「血を……」
ポリーヌがうつむいて、死者のような声で言葉を落とす。
「私は、血を飲まねばならない体に、なってしまっていました……」




