第九話
アヴランシュは海を見晴らせる丘の上に建っているのだが、町へ入る前にララが声を上げた。
「ジェラール様、あれを!」
丘の上から望む平野の、さらにその向側。
そこに広がる海を指せば、ぼんやりと小島が見えた。
西日を背景にしたたたずまいは、荘厳な神秘性を印象付けてくる。
聖ミカエルの山である。
山の形状をした小島には、遠目からも高い位置に立派な聖堂が建っているのが確認できる。
以下、低い位置に下るほどに小さな礼拝堂や、参拝者を世話する施設などが点在していた。
「今日はもう、満潮ですから明日にようやく……」
ララが、感極まった様子で呟く。
湾上に浮かんでいる聖ミカエルの山だが、引潮の時刻には地面が続いて徒歩で渡れるようになる。
しかし潮の流れは速く、満ちる時はあっという間であった。
その見極めを誤り、海の藻屑となった参拝者は数多いという。
聖ミカエルの山に詣でる時は遺書したためておくのを忘れずに、と言われるほどだ。
アヴランシュの町に入ると、ディーヴの町よりも活気があった。
巡礼の旅人や、参拝者なのが見て取れる。
みんな、各地から聖ミカエルの山に詣でに来たのだろう。
ジェラールが頭をかいて町を見渡す。
「これは、旅籠が埋まっているかもしれませんね」
「手分けして探しませんか?」
「そうですね、では晩課の鐘が鳴れば、ここで落合いましょう」
二手に分かれて町を歩くジェラールだが、予想通り旅籠はどこも満員のようだった。
野宿になるかと考えていれば、日が落ちてしまい晩課の鐘がなる。
肩を落として集合場所に戻るジェラールだが、そこにいたのは明るい顔をしたララだった。
「ジェラール様、見つけましたわ。ちょうど、人が捌けてしまった旅籠がありましたの」
「それは運が良かった。よく見つけてくださいました、ララ殿」
ジェラールに褒められた一事に、ララは花のように笑みを開いてその手を引く。
「こちらですわ。さぁ、早く参りましょう。他のお客様にお部屋を取られてしまいますわ」
「ラ、ララ殿……そんなに急がずとも」
腕を組んで身を摺り寄せながらはしゃぐものだから、今日の距離感はいっそう近い。
しかし爛漫なララの様子に強く言えずに、ジェラールはされるがままである。




