第百七話
「痴れ者が!」
馬を駆けさせるジェラールの背を叩く怒声。
マクシミリアンの声だ。
瞬間。
全身が蛇に巻き付かれるような悪寒。
殺意の冷風を伴う凶悪な風切音をジェラールは聞いた。
マクシミリアンの蛇腹剣。
それが鞭のようにしなり伸び、空を駆け抜けてくる。
一瞬、ジェラールは自分が狙われたと身をこわばらせた。
だが違う。
「私が下賜した貴品を傷つけるとはいかなる了見か!」
邪竜の如くうねり、牙突き立てる様に剣尖が飛来する先は、楽隊のひとり。
オーギュスタンの打ち出した刃を、ラッパで受けた男だ。
ルシファーの使徒は、その行動が気に入らなかったらしい。
故に殺すつもりか。
「くっ!」
ジェラールは咄嗟に、宙を走る蛇腹刃をつなぐ、鋼線をマナ込めた掌で叩いた。
ぶしゅ、と。
それで掌が裂けて血が迸った。
しかし蛇腹剣も悶絶するように軌道がねじれ、明後日の方角に逸れていく。
「逃げてください!」
すれ違いざま、楽隊の男へジェラールが一声。
そのまま馬を森の外へと一直線に走らせる。
ふと。
心臓が射貫かれる様な殺気を受けた。
肩越しに省みれば、マクシミリアンが凄絶な形相を浮かべている。
よほどジェラールの横槍が気に食わなかったのか。
蛇腹剣を巻き戻すのも忘れて、逃げる姿を睨みつけている。
その視線から一刻も早く身を隠したい一心で、ジェラールは馬に拍車をかけた。
「ポリーヌ! 君の村で……!」
オーギュスタンからその一言が届いたのを最後に。
ジェラールはルシファーの使徒達の包囲を完全に脱出した。




