第百五話
「しまった!? 追いつかれたのか!」
オーギュスタンが剣を引き抜いて立ち上がった。
幾重ものラッパの音は荘厳な奏楽を森に響かせ、近づいてくる。
囲まれているのだ。
「ジェラール殿、馬に乗ってくれ! 早く!」
「わ、分かりました」
伏せていた馬も、何かを感じ取って低くいなないている。
手で馬をなだめながら、オーギュスタンが完全鎧を搭載しようとした。
その時だ。
「無礼者、この私を出迎えもせずに逃げ支度とはな!」
朗々とした美声が駆け抜けた。
聞く者を引きつける響きだ。
そしてその男が現れる。
従えている者達が下草を恭しく退けて、できた道を通るのは洒脱な男だった。
豪奢な外套を羽織り、肩に羽飾りが添えられた装い。
麗しい相貌は王侯の気風をすら漂わせている。
周囲からラッパをを吹き鳴らす者達も、ジェラール達を包囲して姿を現した。
「騎士ならば、私に跪いて礼節を尽くさぬか」
「ルシファーの使徒が何をほざくか!」
「ルシファーの使徒ですって!?」
ジェラールが驚きの声を上げた。
「この男はマクシミリアン……我々を付け狙うルシファーの導師だ。すまぬ、俺達の悶着に巻き込んでしまった」
「愚か者。貴様などはどうでもよい。我が望みは永遠の乙女のみよ。この美貌と力を、地上で永久に輝かせるためのな」
マクシミリアンは芝居がかった仕草で、天へ手を伸ばしたり、外套を翻す。
そのたびに楽隊が壮麗にラッパを吹いて、滑稽で異様なのに妙にしっくりと来る雰囲気を作り出す。
「さぁ、永遠の乙女はどこだ? 疾く献上するが良い」
「愛想をつかされて、逃げられたよ」
「軽口を。日がまだ高い。どうせその完全鎧の中であろう? 者ども」
「はっ」
マクシミリアンが顎で指図をすれば、従僕達が手に剣を引き抜く。
その数は五人。
オーギュスタンがジェラールと馬、何よりも完全鎧をかばうように前に出る。
そして耳打ちをしてくる。
「ジェラール殿、従僕もそうだが囲んでいる楽隊も常人では手に負えん。どうにか、包囲を開くからその隙に馬で逃げてくれ」
「そんな、相手はルシファーの導師なのでしょう!? ひとりでは……」
「ポリーヌを、頼む」
オーギュスタンから剣気すら漏れていた。
その迫力に圧されて、ジェラールが言葉に詰まってしまう。
今のジェラールに戦いは無理だ。
オーギュスタンの助勢と、ポリーヌを逃がす。
この天秤にジェラールは揺れるまでもないとうなだれる。
「何、俺ひとりならば逃げ切れるようになるさ」
その覇気に満ちた笑顔に。
ジェラールは弱々しく、承諾して頷くしかなかった。
「どうか、オーギュスタン殿に神の御加護がありますよう」
もはや十字を切り、オーギュスタンの無事を祈るしかない。
「そこの襤褸切れ」
さて、従僕達がじりじりとオーギュスタンを囲んでいる間に。
マクシミリアンがジェラールへと声をかけてくる。
明瞭に自分に焦点がされていると分かった。
誰にどのように命令を下すか、常日頃から的確にやってのけているのだろう。
「その完全鎧を我が下に運ぶがよい。貴様が七回生まれ変わっても積み重ねられぬ程の褒美をやっても良い」
「それは、寛大ですね。しかし、私はオーギュスタン殿に恩があります」
マクシミリアンが風雅に溜息を吐いた。
「塵芥の応報で、私というこの世の至宝に奉仕する栄達を逃すとは、哀れな」
心底の憐憫なのはひしひしと伝わる。
「何を臆しておる。疾くこの無礼な騎士を斬り伏せよ」
そしてオーギュスタンを警戒していた従僕達へぴしゃりと言いつけた。
その言葉と共に、一斉に五人の剣がオーギュスタンへと突きつけられる。
迎え撃つのは、豪快で勇壮な剣筋が二条。
をそれで五人をことごとくはねのけてしまったではないか。
一手で三つの剣尖をすら纏めて押しのけてしまう、オーギュスタンの見事な剣技だ。
フランク式剣術。
フランク王国で広く使用されている剣術である。
剣風は攻勢に長けており、勇敢なフランク人の特色が良く出ていた。
しかし野蛮さはない。
洗練された剣筋には格調の高さがうかがえ、まさに騎士の剣である。
「さぁ、このオーギュスタンの剣を恐れぬ者からかかってくるが良い!」




