第百四話
「それはできません」
大怪我をしてなお、ジェラールのその言葉に強い力があった。
オーギュスタンもその反応は十分に予想がついていたという顔だ。
微かに頷く。
「……ベルフェゴールの使徒の技は、無駄を排して効率を重要視する」
「え? は、はぁ。おっしゃる通りです」
「最小のマナ……いや、悪魔教の場合はオウルか。最小のオウルで、最大の出力を発揮する。間違っていないな?」
「……はい」
「では、最大のオウルで最小の出力を発揮する、という指南はできないか?」
「はぁ?」
予想外の言葉に、ジェラールから間の抜けた声が出る。
「つまりベルフェゴールの使徒が目指すオウルの扱いの、逆を教えて欲しいのだ」
「な、何のためにですか?」
「それは言いたくない」
困惑するジェラールに、オーギュスタンはきっぱりと強い壁を作る。
「……と、言って君も納得しにくいだろう」
しかしそう言って壁からひょっこりと顔は出した。
くしゃりと髪をかき混ぜて、オーギュスタンもまた困った顔をする。
その顔は、行き詰った状況で藁に縋る想いが滲んでいた。
なんとなくその顔で、ジェラールはオーギュスタンに随分と親しみを覚えしまう。
「こうやって頼みをしているわけだが、俺に教えて欲しいというわけではないんだ」
「では、どなたに?」
「ポリーヌという俺の侍女だ。そいつが…………奇病を患っていてな」
「病気と、ベルフェゴールの使徒の技が関係するのですか?」
「奇病……病気……っていうか、んー」
がりがりとオーギュスタンが、何と言ったものか、と後頭部を引っ掻き回す。
「直接的に、治療には関係しないと俺達も思っている。だが、ベルフェゴールの使徒の技でならば……もしかすると疑似的に治る形に見えるようになる、という話でな」
いよいよ混乱し始めるジェラールに、オーギュスタンは溜息を吐く。
「珍妙な状況だってことは、察してくれたろ」
「は、はい。まぁ」
「だから可能な限りはポリーヌの状態も秘しておきたいのが本音だ。詳しく聞くならば、本人からにして欲しい」
「その、ポリーヌさんというのはどちらに?」
「ああ、そこにいるよ」
大人しく座っている馬の近くを、オーギュスタンは指し示す。
「……その中にいるという意味ですか?」
オーギュスタンが頷いた。
それは揃えて安置されていた完全鎧だった。
「ポリーヌ、起きているか?」
「はい」
中から、くぐもった声が聞こえた。
恐る恐る、ジェラールが身を引きずるように完全鎧に近づく。
手足には的確な添木もされており、どうにか動けた。
注がれたマナのおかげで、調子も良い。
「開けないでくれよ」
オーギュスタンから、鋭い声が投げられた。
今までで、最も強い声だ。
ジェラールは不思議そうに、分かりましたと頷くばかりだ。
「こ、こんにちは、ポリーヌさん……?」
「こんにちは、ジェラールさん。この度は、妙なお願いをして困惑なさってるでしょう……ですが私も、私達も他にいくつもの手立てを尽くした上でのお願いなのです」
「はぁ……あの、なんと申しますか……困惑は、確かにしています」
しかし、とジェラールは続ける。
「オーギュスタン殿に命を助けられました。しかも緑天派に狙われているのを知った上です。この恩に報いるためには、尽力したいと思います」
「では」
「ただ……」
ジェラールが坐りが悪いという顔で、頭を掻いた。
「あの、本当に……どういうご病気なのでしょうか。それこそ、高位の司祭や修道士に頼るというのは? 何故……よりにもよってベルフェゴールの使徒の技なのでしょうか?」
「……」
完全鎧の中で、迷っている気配がした。
話すかどうか。
話さないままなのは不誠実だ。
だが話をするには、慎重に扱わねばならない問題だ。
そう、ひしひしとジェラールは肌で感じる。
顔も知らぬポリーヌという女性が、完全鎧の中でうつむいているのが分かった。
苦笑が零れた。
そしてジェラールが優しく言った。
「……分かりました」
「え?」
「ポリーヌ殿へ、ベルフェゴールの使徒の技を指南致しましょう」
「ほ、本当ですか?」
「ただし」
ジェラールの言葉に、厳しさが混じる。
「様子を見ながらです。ポリーヌ殿を、徐々に……えーっと、そうですね、弱らせる? 逆修行……言い方が難しいですね。とにかく、徐々に強くなる方向と逆の指南をしてみましょう。その途中、少しでも私が危険だと感じたり、おかしいと感じれば、即座に打ち切ります。いかがでしょうか?」
「願ってもおりません」
完全鎧の中から、ポリーヌの声が震えて染みだしてくる。
百年を超えた、希望を見出したかのよう。
「ジェラール殿、有難い」
オーギュスタンもジェラールに謝意を込めてその手を取った。
だが、と不思議そうな色を顔に滲ませる。
「しかし……まだ何一つ打ち明けていないのに、どうして?」
「だって、困っているのでしょう?」
「それは困っているが……」
「人に言いたくない困った事態に出くわした時に、私は力を貸してくれる人がおりました。だから、もしも誰も力を貸してくれる人がいなかったらと、想像すると肝が冷えます。あなたがたの境遇が、心細いものだと分かります。人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさいと、主もおっしゃっておいでだ」
「……かたじけない」
完全鎧の中で、ポリーヌもジェラールへ感謝の言葉を繰り返した。
三者の心に、あたたかいものが満ちていく。
そんな時だ。
派手に吹き鳴らされる、楽隊のラッパの音が聞こえたのは。




