第百三話
ジェラールが目を覚ますと、焚火の傍に寝かされていた。
既に日は高い。
身を起そうとすれば、激痛が全身に走る。
「クッ……」
「無理はするな」
横たわったまま首を動かせば、精悍な青年がいた。
馬の世話をやめて歩み寄れば、膝を折って顔を覗き込んでくる。
「あなたは……」
「俺の名はオーギュスタン。遍歴の騎士だ。川のほとりで死にかけている君を助けた」
「助かった、のか……」
全身全霊で安堵して、ジェラールが脱力する。
それでまた、腕や足が痛んだ。
苦悶の表情で呻き、浅い呼吸を繰り返す。
「水は飲めるか?」
オーギュスタンが、革袋を口元に差し出してくる。
それを弱々しくジェラールは舐めた。
胃に冷たさが染みる感覚。
それから、オーギュスタンが跪いてジェラールの左胸へと手を置く。
神に祈りを奉げ、十字を切り。
マナが注がれる。
オーギュスタンの熱い生命力が流れ込み、ジェラールの衰弱した体が安らいだ。
長くマナを施されて、ようやく身を起せるようになった。
「オーギュスタン殿、まことに助かりました」
「なんの。無事でよかった」
「私の名はジェラールと申します。この御恩を、なんと返したものか……」
「ああ、それについては既に決めてある」
「……………………私、あんまりお金ありませんよ?」
「そんな俗な話ではないさ」
オーギュスタンが苦笑する。
「話はできそうか? まだ休むか?」
「……オーギュスタン殿。助けていただいておきながらこのように言うのは申し訳ないのですが、もう私を捨て置いた方が良い」
「緑天派の修道士が追ってくるから、それに巻き込まれる故に、か?」
ジェラールが瞠目する。
「およその事情は把握できているつもりだ」
理解を追いつけようとするジェラールよりも早く、オーギュスタンの舌が回る。
「元々ベルフェゴールの使徒だったが、アスモデウスの使徒に組して聖ミカエルの山にもぐりこみ、奸計で修道院長フォルセウスを殺害にまで追いやった。おまけに共謀していたベルゼブブの導師まで教会に売った悪行は悪魔じみているともっぱらの噂だ。そのため、教会から破門を叩きつけられて緑天派に追われている、と」
「それは脚色された風聞です。真実は異なっているのです」
慌てて首を振るが、全身の怪我でどうにも上手く動けない。
「だろうな。俺の方で集めた、信憑性のある情報とは矛盾が多かった」
事も無げに言うオーギュスタンに、逆にジェラールは目をしばたく。
「赤天派やベルゼブブの使徒に追い詰められていたアスモデウスの使徒を助けて、その抗争に巻き込まれたって所じゃないのか?」
「はぁ、その……はい、その通りです」
「その上で……人の命を、可能な限り落とさないように尽力していた印象を受ける」
ジェラールが目をしばたく。
ここまで真意を汲み取られるなど、そう経験がない。
「それだけ俺もいろいろと必死だったんだよ」
オーギュスタンが苦笑を零す。
「だが、それならば俺は俺の魂に沿って行動ができるというものだ。安心してくれ。今、緑天派が君を捜索くしている方向と、逆方向に連れてきている」
「な、何故……私を助けたのですか?」
いよいよオーギュスタンの真意にジェラールが戸惑う。
「……頼みたい事があるのだ」
少し、オーギュスタンが悩んでから言った。
このまま話を続けるのも、ジェラールの体に良いかどうか迷ったようだ。
だが結局、オーギュスタンが真剣な眼差しで、真摯に姿勢を正す。
ジェラールはその眼光で、続く言葉がきっと本題なのだろうと察する。
「ジェラール殿、元ベルフェゴールの使徒である君に、その技を指南して欲しいのだ」




