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旅のジェラール  作者: ローリング蕎麦ット
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第百話


 ユーグをギィに受け渡し、アスモデウスの使徒達は近郊の拠点で体を休める運びとなった。


 小さな村で、教会の教えも浸透しているが古い習慣を排しきれていない。


 よくある田舎の村だ。


 村の長がアスモデウスの使徒であり、近くの山の洞窟に人を隠せる場所があり、資材が詰め込まれている。


 ここも、メルルナが作っていた隠れ家のひとつだった。


 メルルナを悼む空気と、その仇を討てたという空気は半々だろう。


 セドリックは、喜びを言葉にしてはいたが心情が沈んでいるのは見て取れた。


「これでよし」


 アスモデウスの使徒秘伝の軟膏を塗り、清潔な布を巻く。


 ララの丁寧な手つきは、真心がこもったものだった。


 処置を受けていたジェラールは、終われば大きく息をついた。


「ありがとうございます」


「お礼を申し上げるのは、わたくしですわ」


「……しかし結局、メルルナ殿を助けることは叶いませんでした」


「しかしわたくし達アスモデウスの使徒を救ってくださいました」


「成り行きです」


「まぁ、それでは、わたくしがお礼を申し上げることもご迷惑でしょうか?」


「それは、そういうわけではありませんが……」


 拗ねた口調で甘えてくるララに、ジェラールがしどろもどろになる。


 くすりと、蠱惑的な微笑が返ってきた。


 この調子は、メルルナに通じるところがある。


 師弟であり、姪と伯母だとよくよく思わせるところだ。


 そっと、ララがジェラールの傷だらけの背に寄り添う。


「ありがとうございました。わたくしからの、本当の気持ちですわ」


「……はい」


 少しだけ、そのままの態勢でふたりが過ごす。


 熱を帯びた傷を、布越しにララが触れた。


 傷みを誘わぬ程度に軽く。


 慈しみを滲ませて。


 ジェラールが、身じろぎをしようとすると、少しだけ強くララが引き留める。


「本当に、アスモデウスの使徒にいらっしゃればよろしいのに」


「大きなご迷惑を、おかけしてしまいます。私はすぐに離れた方が良いのです」


「予想はついてございますわ。緑天派でございましょう」


「……ご賢察の通りです」


 ララが長く物憂げな溜息を零す。


 それから、迷うような間。


 それからすがるようにララが言葉を、


「……ジェラール様、わたくしも、」


「遺されたアルもデウスの使徒の方々を導く勤行、」


 ジェラールがそれを残酷なまで間断に遮った。


「つつがなく務められるよう、応援を申し上げます」


 背中越しに、ララが悲しそうな顔をしているのが分かった。


 それから、そっとララがジェラールの背から離れる。


「……ジェラール様なんて、嫌いですわ」


 ぐいと、ジェラールの顔が引っ張られる。


 ララの両手で、その両頬を包まれるように。


 そして、柔らかく可憐な唇で口付けをされた。


「これを以って、アスモデウスの使徒を破門ですわ。どこなりとも、お好きになさればよろしゅうございましょう」


 先の砂浜でララがジェラールに耳打ちした計略だ。


 即ち、アスモデウスの使徒に入門してユーグをギィに引き渡し、それから破門に処す。


 ただ計画していた時は、上手く場を収める思いつきをしたと楽しい気持ちだったララも、今は寂しさが勝っていた。


「……すみません」


 様々な感情を察したように、ジェラールが言葉を向ける。


 しかしつんと、ジェラールを押しのけてララは顔を背けるばかりだ。


「お世話になりました。これも、お返ししますね」


 ジェラールがアスモデウスの護符を、ララの手の中に返す。


 そして旅装を纏い、ジェラールが十字を切った。


「どうか皆様に主の御加護がありますよう」


「アスモデウス様の加護がございますから、結構ですわ」


 ジェラールは、少し寂しい苦笑のまま洞窟の外へと歩を進めた。


 ララは、ずっと返されたアスモデウスの護符に目を落としていた。




















 風の強い夜だった。


 緩やかな丘陵地帯をジェラールは駆け足で急いだ。


 月明かりで見晴らしは悪くないが、今はそれが不利に働く。


 既に補足されているのは、気配で分かっていた。


 もうひとつ丘を越えれば、森があるはずだ。


 そこに飛び込めば、まだ逃げ切れる目があるだろう。


 あの稜線の向こう側へ。


 と、目指す稜線の向こう側から、修道衣をなびかせた人影が三つ姿を現す。


 間に合わなかったか。


 焦燥感を押さえて足を止めた。


 すると、後方の二方向からさらにふたつずつ人影が走ってくる。


 つまり合計七人の修道士に取り囲まれているということだ。


「早い到着ですね」


「ギィの出発より予想されていた。貴様の破門はな」


「教皇聖下の庇護を離れた貴様を守るものはもはやない。悔い改めて地獄に堕ちろ」


 七人が完璧な布陣で拳を構えてジェラールへと殺気を突き刺してくる。


 緑天派の者達であった。


 緑天派。


 教会内部における監察の役割を担う派閥である。


 その性質上、清廉且つ過激なまでの信仰心の持ち主が多く所属していた。


 監査や警察の機構として機能するこの機構は、腐敗した教会や修道院から恐怖の対象として名高い。


 そしてそんな緑天派からすれば、ジェラールのようなベルフェゴールの使徒からの回心などは要注意人物である。


 一応は在野としての教会者だが、教皇からの洗礼を受けたジェラールのこと。


 常に動向を掴まれていた。


 そして今回、破門されたことによりはばかるものなくなり処断に乗り出してきたというわけだ。


 ローマからの長旅だったはずだが、神敵であるジェラールを前に溌剌としたものだ。


「アスモデウスの使徒に入門したと聞き及んでいる。重なった罪、雪ぐ時が来たのだ」


「いえ、アスモデウスの使徒も破門されてしまいまして……」


「戯言を!」


 緑天派の流儀は徒手空拳である。


 遡ればイスラエルの名を戴いたヤコブが指南をされたという格闘技に端を発する。


 即ち、ウリエルによりもたらされた格闘技だ。


 素手での強さは教会随一と言ってもいいだろう。


 七つの使い手達に、ジェラールは剣を抜かない。


 教会者を傷つけるわけにはいかなかった。


 ダァトをふたつ、その背に広げてジェラールは黄天派とベルフェゴール式武術の身ごなしで七つの拳へと立ち向かう。



ジェラールの戦いはこれからだ!

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