第九十八話
ベルゼブブの使徒達も、アスモデウスの使徒達も。
誰もが手を止めて天使の翼を背に備えた者達の戦いに見入ってしまったていた。
ユーグの速度はやはり目にも留まらぬものだが、それでも剣が撃ち合わさる瞬間に残影が網膜に焼き付く。
その剣勢はやはり、力強く高速のベルゼブブ式剣術だ。
一方のジェラールは緩慢でも高速でもない、不思議な剣術だった。
目で追える、決して迅速な動きではない。
だというのに、ひとつの動きの開始から終了までの時間が、まるで圧縮されたように短い。
いや、ひとつの動きというものがどこからどこか。
そう区切ることすら見極めが難しいほどに流麗に紡がれる剣。
典雅ですらある身ごなしで剣を差し出せば、それがユーグの剣を飄然といなす結果となる。
まるで力を必要としてはいないのは一目瞭然。
それが剛力の果てに手に入れた速力と重なり合うベルゼブブ式剣術を涼やかに凌いでいる。
ユーグは困惑していた。
剣が絡むたびに、柔らかな感触が手に返ってくるのだ。
それがユーグの剣にこもった力をことごとく散逸させてしまう。
身ごなしの速力まで落ちるので、残影が現れてしまうというわけだ。
即ちこれは、相手の攻撃における効率を零に収束させる絶技。
もしも並みの使い手がジェラールの剣と剣を絡めれば、一秒と経ず棒立ちにさせられるのは想像に難くなかった。
そして、防御だけではない。
ユーグの降らせる剣の稲妻を、隙間縫うように剣を一振りすれば。
清風のようなその一手は、精密にユーグを捕らえてその身を切り裂いた。
軽妙極まりない、速度と精度を両立させた極限の一手である。
ベルフェゴール式剣術と黄天派剣術の長所が掛け合わされ、昇華された攻守の技の数々にユーグが呻く。
「がっ……! 何故……何故、届く!」
メルルナの心臓。
フォルセウスが自爆覚悟で注いだ攻性のマナ。
それらを取り込み、いや「食らい」得た力はユーグの中で混沌とひとつになり完成している。
それを易々と乗り越える術理とは。
また、清廉な風が吹く。
それに乗った剣尖が、またユーグの肩の肉を抉る。
「私がユーグ殿に届いている理由があるとすれば……きっとメルルナ殿もフォルセウス様も、ユーグ殿、あなたを止めたがっているのではないでしょうか」
死者の静けさを伴うジェラールの言葉は、ユーグに深く突き刺さる。
ではやはり。
過ちの道でしかなかったという思いが、泡沫よりも確かに心に浮かぶのだ。
「黙れ!」
激昂と共に、音にすら先んじる剣がユーグより撃ち込まれる。
その剣が日差しを照り返す様子は、これまでのどの一手よりも雷光に似ていた。
それを、ジェラールは受け止める。
悪魔の苛烈さと天使の優しさを以って。
柔らかな弾力が、ユーグの剣に返ってくる感触。
だがそれを押し込もうと、ユーグが全精力を傾ける。
まるで剣が巨大な肉に食い込んでいくような。
だがもう少し、あと少しで、両断できる。
そんな予感がちらついてきた頃合い。
「!?」
手首が震え始めた。
込めた力のことごとくが、ユーグの関節に返ってきているのだ。
剣を握っていられない。
必死で力を込めども、手首の激痛は耐え難いものになってゆく。
そしてついに、
ばしん
と、ユーグの右手剣が、跳ね上がるように宙を飛んで行った。
ユーグが、呆然と身をのけぞらせる。
下段に構えたジェラールの剣が、立ち昇るように走った。
その剣の煌めきは、さながら天へと還ってゆく天使の階段のようであり。
光に満ちた一振り。
そして、ユーグの左腕が肩から切り落とされる。
「ユーグ殿! 父と子と聖霊の御名において、あなたのオウルを封じさせていただきます!」
ジェラールの掌がユーグの左胸を打った。




